零の旋律 | ナノ

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「カトレアは、守ってあげるから」

 ノハが何者か、何故カトレアに用があるのか状況は理解できていないが、これだけは理解出来ていた。カトレアを渡してはいけないと。友達を引き渡すなんて言語道断。

「だから、大丈夫だよ」

 その優しさが辛い。嬉しい。心中を渦巻く複雑な感情にカトレアは何も言えない。
 カトレアが向けた表情は果たして心配そうな顔だったか、安堵した顔だったか定かではない。
 銃弾のように次から次へと六華は刃を向いて襲いかかる。欠如すれば新たな氷の花弁が具現する。猛攻の嵐に、黒服の人物たちは冷静に対処しながら一人がシャーロアに近づいた。その男は侮っていた。シャーロアが女であること、少女であること、真っ先に魔導を使ったことから接近戦には弱いだろうと判断をしていたが故に、強烈な蹴りの一撃を交わすことは出来なかった。滑らかな動作で、柔らかな身体を存分に使ってシャーロアは迫ってきた男に対して腹部に蹴りを入れる。そのまま、シャーロアは腹部を土台にして、身体を浮かせてもう片方の足で頭を蹴る。その反動を利用してもとの位置へ着地する。鮮やかな動きに、黒服の人物たちは認識を改めた。この少女は体術もいけると。
 シャーロアの上空に咲き乱れる六華は衰える素振りはない。常にシャーロアのネックレスの先端にある六華の魔石が魔導の輝きを放っていることから、輝きが失われない限り六華の攻撃がやむことはない。誰にだって一目瞭然であるが故に、まず邪魔な六華を消してしまおうとするが、しかしシャーロアだってそんなことはわかりきっている。自分の戦闘方法を熟知しているシャーロアだからこそ、何処に攻撃を仕掛けてくるかくらい理解出来ている。
 一人の男が拳銃を向けてきたら、発砲されるまでの僅かな隙に六角の簡易防御を掌で作り上げて銃弾を弾く。防御に使う結界の大きさはシャーロアの掌よりふたまわり大きい程度の小規模なものだが、その分速効性に優れていて、詠唱なしでもシャーロアは発動出来た。

「ちぃ!」

 失敗したことを悟った男は舌打ちする。苛立ちが隙を生むことをわかっていながらも、か弱くしか見えない少女が予想外の奮闘に驚愕するより他なかった。だからこそ、目の前に迫ってきている氷の礫に対する反応が遅れた。痛みで声を上げる間もなく前進を礫が容赦なくぶつかる。地面に倒れた時、ようやっと痛みとうめき声を男は上げた。その様子をノハは冷静な瞳で観察していた。
 ――あの少女、結構やるようだけど
 そして――少女に勝機は望めないなと判断を下す。
 また一人別の男が倒れる。今度はシャーロアの肘が顔面に当たって、そのままシャーロアが氷の魔導を間近で放ったからだ。全身が凍るように寒い。冷たい――そう思いながら意識が遠のいていく。

「ほんと、数だけは無駄に多いよね」

 それでも――まだ、シャーロアは軽口が叩けるだけの余裕があった。まだ七人残っているが、一斉に襲いかかってくることはなかった。
 六華の攻撃兼、防御の役割を果たしているからだ。シャーロアにとってその魔導はお気に入りであり、得意な魔導の一つであった。元々兄から伝授してもらった術を自分なりにアレンジしたオリジナルの術式である。もっとも――魔石を意識することも忘れてはいけないからやや使い勝手が悪いのが難点だ。
 シャーロアの意識は残りの人物たちにしか向いていなかった。だから、男が剣を振りかざしてくるのを、簡易防御を腕の前に具現させて凌いだ時、風が胸の前を通り過ぎたことに気がつくのが聊か遅れた。六華が威力を無くす。何かが砕けた音。胸元をみると輝きを放っていた魔石は存在しない。


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