V 「カトレア、こっちへ来い。用がある」 「……どうして、今、さら?」 「今さら? まぁそんなことこの状態を見ればわかるだろう」 包帯の青年ノハはおかしそうに笑う。それが何処か歪でシャーロアはぞっとする。どうしたら――何があったらこんな笑顔が出来るのか、甚だ理解が出来ない。 「……お姉ちゃんとアークに用があるの?」 「当たり前だ。その為にはカトレアが必要なんだ」 「……」 カトレアにとってそれは予想の範疇であった。ノハが何時だって必要とするのは姉であるリアトリスなのだ。そしてノハが用あるのはリアトリスとアークであることをカトレアは痛いほど理解している。何時だって足枷にしかならない。だったらいっそこの場で命を絶ってしまったほうが姉やアークのためになるのではないか、そんな風に思った時だ。温かな温もりが手から離れた。カトレアを守るためにシャーロアはさらに前へ踏み出たのだ。その背は優しい包容力に溢れていた。 「君が誰だかは知らないが……僕の邪魔をしないでほしいな」 「それはこっちの台詞だよ。私はカトレアと買い物をしていた帰りなの。楽しい気分が台無しだよ」 臆することもなくノハと会話をするシャーロアに、カトレアは駄目と叫びたかったが、言葉が出てこない。 「そうか、それは悪かったね。まぁ、君に用があるわけではないから、今此処でおとなしく帰宅するなら見逃すけど?」 「冗談」 ――駄目! 声にならない悲鳴を上げる。言葉に出さなければいけないでも――とカトレアが相反する思いが葛藤しあって、言葉に出来なかった。 ノハの状態を見る限り、以前と同様のことが出来るとは素人目でも思えなかった。それほど、状態が悪いことは包帯から滲み出ている。 そしてシャーロアが弱くないことをカトレアは知っている。だからこそ――もしかしてという期待を、希望を抱いてしまうのだ。抱いてはいけないのに、抱いてしまった。だから言葉が出てこない。止めるなら今しかないのに――否、止めた所でシャーロアの決意は変わらなかっただろう――止められない。 シャーロアが一歩前へ踏み込むと同時に、魔石が輝きを帯び六華の結晶を作り出す。六華の刃は対象へ向けて、放たれる。シャーロアの先制攻撃に、ノハは動かなかった。ノハへは攻撃していないからだ。前髪から覗く左目は、六華の攻撃が自分へ向けられていないことを確かに見きっていた。怪我を負っているノハより先に、十人を倒すことが先決だとシャーロアの脳内は冷静に計算している。 それにシャーロアには切り札があった。そう――『魔術師』であるという切り札。魔石を使わなくても魔法が使えるという切り札。兄からは誰にも見せてはいけないときつく言われていたが、それでも大切な友達を失うよりは遥かにましだ。願わくは切り札を使わないことを――だが必要があると判断したら躊躇しないように予め心で決めておく。そうすれば迷いは生まれない。 黒服を纏った人物達は一斉に動き出す。逃げられないように四方を囲むが、シャーロアにとってそれは望むところだった。 「氷華連咲!」 シャーロアが短く詠唱を唱えるのと同時に、無数の六華の氷が空中に出現する。それは四方に対応できるように様々な方向を向いていた。太陽の光を受けて、輝く氷の華は何処か幻想的な雰囲気を醸し出す。氷の出現で空気が冷える。 [*前] | [次#] TOP |