零の旋律 | ナノ

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「ホクシアは」
「ホクシア、には何も告げていない。あの人にお願いしてきたから」

 あの人が誰か、サネシスにはすぐに合点がいった。ヴィオラもまた、単独行動をすべく、この街へ訪れたのだ。

「せめて……サネシスが躊躇しない手伝いをしようと思って」

 声は今にも泣き出しそうな音を含んでいた。どうして、と心が叫んでいる。

「そうか、……助かる。何処だ」
「こっち」

 ヴィオラは魔族の元へ案内をする。あのまま放置はしておけない。ヴィオラはケセトの記憶を盗み見た。魔族が何処にいるか、だけでなくあの男が魔族に何をしてきたかまで見た。
 殺したかった。凄く、殺したかった。けれど、目の前には魔族であるサネシスがいる。
 自分が殺すのを横取りしてはいけないと、寸前の所で我に返った。
 人を隠すのに丁度いい場所は何処か、定番は何処かと聞かれたら地下室と答えるものが多数いることだろう。ケセトもその例に外れず捕えた魔族は地下室へ幽閉していた。地下室への扉を開けると、嫌なにおいが漂う。

「俺が行くから、サネシスは此処にいたらどうだ?」

 ヴィオラは全てを知っている。この先にある結末を、経過を過程を始まりを。
 けれど、サネシスは知らない。だからこそ、此処で引き返してほしかった。けれどサネシスがそれを承諾するはずがなくヴィオラを押しのけて先へ進む。何が起きているかは大体の想像はついていた。ヴィオラがあのような顔をすることは滅多にない。滅多にないからこそ、想像がついてしまう。嫌でも。
 薄暗い階段を踏み外さないように、階段に取り付けてあったランプを拝借して、その中に魔法で火をともして歩く。下を明るく照らせば、見えるのは赤黒く固まった血。
一歩一歩降りて行くたびに匂いは強くなる。
 ヴィオラは階段を踏み外しそうになって倒れてきたのをサネシスが抑える。

「ヴィオラ、戻ったらどうだ」
「いいや、進む」
「なんで……ヴィオラはどうして何時だってわざわざ辛いものを見る」
「……それは、あの時のことか?」

 ヴィオラが膨大な記憶を盗み見て、知ってしまったその日の記憶は今でも鮮明に蘇る。

「当たり前だ。お前はどうして殺された場面を見ることを選んだんだ」
「……そうするべきだと思ったから」
「両親が、村の同胞が殺される場面を見ることが、しなければならないなんてことはないだろう」
「そうした方が、シャーロアを守れるからだ」

 目を背けることなく現実に直視し続けてきた。そうすることで、シャーロアには見なくていいものを見せないようにするために。シャーロアは知らなくていいように。その為なら自分の心が壊れても構わない。

「馬鹿だな、お前は。いや、そもそもレス自体が馬鹿か」
「馬鹿とか言うなよ。それを選んだのはレスであり、俺なんだから」

 徐々に暗くなっていく視界と空気、ランプの明かりだけが頼りだ。
 地下までの階段は螺旋状になっており、深い。地下室が二つ作れるほどの距離を下りて行く。それだけ深いのは様々な状況を隠す必要があったからかと思うとサネシスは苛立ちを隠せない。

「なぁヴィオラ……。本当にお前は馬鹿だろ」

 それだけをサネシスは呟いて、足を止めた。
 そこにあった出来事を想像して、会ったことを想定して、現状を見て、血を見て、転がる石を見て、変わり果てた姿を見て、全てを予想して――サネシスは生かさないことを決めた。
 途端に街には魔物が溢れかえる。もう、何も躊躇することはない――この街にいる魔族は全て――


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