零の旋律 | ナノ

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「俺たちが何を言っても耳を傾けないてめぇらが、今さら都合のいいことばかりをほざくな」

 扉を勢いよく開ける。魔法を掌に纏っているため普段より力が強い。その衝撃で扉が壊れた。

「よぉ、久しいな。最もてめぇは俺を覚えていないかもしれないが」

 始末屋へ依頼し、この街を実質支配している貴族の男ケセト・ユハース。腹部には真新しい傷の痕があり包帯が巻かれている。アークが魔法を使えるようになったことを伝えたのは今さっきだ。すぐに治療に取り掛かろうとしたのだろう、上半身は裸だ。無駄な肉はないが、鍛えている印象もない。

「貴様は!」
「お前たちが捕えていた俺たちの仲間はどうした?」
「は、そんなものを知ったところで何になる」
「答えろ」

 今、体制を整える時間を与えるわけにはいかない。襲ってくる人族は片っ端から容赦なく殺した。憎しみをこめて一片の情も寄せずに。
 その強さの前に、ケセトはやや顔色が変わるが、切り札があるのだろう、その表情はまだ余裕がある。その余裕が憎らしい。

「答えろ!」

 怒声とともに窓ガラスが割れる。魔物の群れが屋敷に侵入した合図だ。
 一歩一歩近づく。

「ははは、私を殺したところで。お前のお仲間のことは一生わからなくなるぞ、それでも構わないのか? 私を殺せば、お前の仲間が困るのではないか」
「いいや、それはない」
「なんだと!?」

 突如として聞こえる声、それは怒りに満ちたサネシスの声ではない。背後に何かがいる――慌ててケセトが振り返ると、そこには見なれぬ髪をした青年が冷酷な瞳を向けながら立っていた。無言の威圧感を漂わせている。

「お前は!? ぐあは」

 見なれぬ髪をした青年は、手袋をはめていない手でケセトの首を掴む。そうしなくても、上半身裸な男だ、触れる場所は沢山ある。残酷な笑み、優しさの欠片も持ち合わせていない瞳は、人族でありながら、魔族と同種の人族に対する憎悪そのもの。

「あはががははな」

 離せ、といいたいのだろうが、言葉にならない。首を掴んでいる時間が長くなるほど、ぎりぎりと爪が食い込んでくる。まるで、徐々に怒りを募らせているようだ。しかし青年は一言も口を利かない。ケセトの口からよだれが流れる。その時、ようやっと青年は首から手を離した。
 ケセトがせき込む。新鮮な空気が足りない。空気が欲しい。武器が欲しい。武器は何処だ、ケセトが虚ろな手を伸ばそうとした時だ、金色の威圧に気がつく。

「ぶざげえるなよ」

 呂律が上手く回らない。再び首が掴まれる。今度は高く持ち上げられる。ぶら下がる。息が出来ない来るしい。もがく。サネシスの手を爪で何度も引っ掻くが、蚯蚓腫れが出来てもサネシスは止めない。やがて――ケセトは力尽きた。

「ヴィオラ、どうして此処にきた」

 ヴィオラの顔色はない。見たくないものを見てしまって、感情を消し去ろうとしているようにサネシスには映った。ヴィオラにはホクシアのことを頼んだはずだ、ならばこの場にいるのはおかしい。けれど、サネシスは何となくヴィオラが来るような予感がしていた。その予感は外れて欲しかったが、よりによって一番よくないタイミングでヴィオラは姿を現した。
 ――ケセトと俺が対面するタイミングを見計らっていたのか……?


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