零の旋律 | ナノ

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 魔術師の男が絶命したと同時に突風は止む。

「……あっさり殺したなぁ」

 あっさりとした幕切れにサネシスは苦笑した。元々サネシスも魔術師の男を殺すつもりだったが故、誰が殺そうと構わないのだが、男の魔術師としての熟練度からいってそうは容易くないと直感していた。それをこのアークという男は容易く覆したのだ。
 この男は敵対すれば間違いなく厄介な相手になる。そして味方であり続けるわけがないし、今だって味方ですらない。偶々目的が一致したから行動を共にしたにすぎない。
 始末屋の仕事に誇りがあり、それを悪意で侮辱する相手には容赦なく刃を振るう姿も目撃した。魔族も人族もどうでもいいと言い放つ異常性を知ってしまった。
 だからこそ、この場で殺すことが最善ではないかと打算するが、しかし、と思い留まる。
 この場には謎の多い執事がいない。どこにいるかわからない状況でやるにはリスクが多過ぎる。
 男が浮遊してすぐに落下した時、その肩が確かに血まみれていたのをサネシスは見逃さなかった。アークの仕業ではない。ならば誰か――簡単だ。あの執事がやったに違いない。何処から狙撃をしたのかは見当もつかないが、装置を破壊した腕前を知っているからこそ突風と魔物の障害があったとしても苦もなくやってのけるだろうことは容易に予想がつく。
 風の影響を計算に入れて発砲したのか、それとも風の影響を受けないように魔導を弾丸に施したかは定かではないが――出来ることなら後者であることを願い――途方もない狙撃技術を二度も目撃してしまった。
 そんな相手がどこにいるかもわからない状況で、アーク・レインドフを殺そうとするのは危険すぎた。

「なぁアーク、お前に始末を依頼した人物ってのは――ケセト・ユハースで間違いないな」

 ケセト・ユハースはあの場でアークに刺された人物であり、且つこの街の貴族であり権力者だ。魔族を捕えてそれを利用している姿も――魔族たちを退かなければならない状況を作り出したのもあの男だ。

「さぁ、俺は依頼主に関して、何かを喋るつもりはない」
「そうか、ならそれはそれで構わない。一つだけ確認させろ、お前は依頼主を守るのか?」
「依頼主を? それはどちらの意味でだ」

 依頼を受けている最中か、それとも終わった後か。

「勿論、依頼が終わった後だ」
「依頼が終わった後、何故俺が依頼主を守らなければならない? 最もそれは命という意味で、依頼主の情報については依頼後も前も俺は話すつもりはない。だからそちらを聞きたければ力づくでどーぞ」
「は、情報なんてどうでもいい」

 重要なのはアークが敵に回るか回らないかだ。それだけを確認できればサネシスにとってそれ以外の情報はどうでもいいことであった。
 サネシスが意識をすると、一体の魔物が羽ばたきながらサネシスの元まで従順にやってくる。魔物の背にサネシスは跨った。
 サネシスにとって、ケセト・ユハースはアーク以上に見逃すことが出来ない人物であった。人族を見逃したとしても――彼だけは止めを刺さなければ気が済まなかった。
 ケセト・ユハースの館には魔族の仲間が捕らわれている。助けないわけにはいかない――既に生きているかは定かではなかったが、それでもまだ手遅れではないことを願って。願わずにはいられない。
 魔族の仲間が怪我をしていたとして、それを治癒する術をサネシスは持ち合わせていない。ならばこそ、さらに一刻を争う。
 今はまだ魔導が使えることを相手が認識してはいないが、何れ知ることとなる。そうなれば、体制を整える時間を与えてしまうことになる。そんな時間を与えないようサネシスは早急に行動した。魔物が羽ばたくと同時に、時計台は揺れる。


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