零の旋律 | ナノ

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「そうか、魔術師かと思ったのは俺の思い違いか」
「――成程」

 サネシスは『魔術師』の単語を口にした。口にしても構わなかった――どの道生かすつもりはない。生かすつもりがないのならば、誰かに口外される心配もない。だからこそ『魔導師』でも『魔法』でもない『魔術師』の情報を教えても構わなかった。

「そっちの手合いさんだったか」

 嘲るように笑いながら男は杖を構える。魔術師の単語を明らかに知っている様子に、サネシスは舌を舐めずる。

「こりゃ正解か。魔術師どもがどうして此処にいるのか――それも知りたいところだが、一つ。今さら姿を現すんじゃねぇよ。魔術師はレスだけでいいんだ」

 はっきりとした憎悪、それは人族に向けられるのよりも遥かに強大な憎悪であった。

「てめぇらが、今さら何を干渉しようとも、魔族は一切そんなものは認めない」

 サネシスの断言とともに無数の魔物が上空に現れる。空をも多い天候を隠してしまいそうなほどの魔物によって、燦々としていた空は薄暗くなる。

「魔法封じを活用すれば、人族に対して数の上で劣勢に立たされている魔族に勝ち目は存在しなくなる。魔法が使える、それだけが魔族唯一のアドバンテージだ」
「はっ。だから何だってンだ? 未来のことを心配してくれるよりも――今の心配をしたらどうだ?」

 大空は魔物が覆い、逃げる隙間はない。移動魔導を展開しない限り、この場を脱することは不可能だ。移動魔導の展開を許すようなサネシスではない。魔術師相手であれば、サネシスは人族以上に容赦しない。同様に始末屋アークに関しても男をみすみす逃がすようなことはしない。始末屋の依頼があるからだ。
 その中で男がどう悪あがきをするのか――サネシスは最初から勝ち誇った態度を貫く。

「心配は不要だ。それに、魔族は今後のことを心配するべきだ。一つ教えておいてやろう、これはただの試作品であり試験段階のものだ」
「……何が目的だ」
「目的なんてわかりきっている。もしも俺たちの目的が判然としないのであれば、お前らが唯一仲間と認めるレスにでも聞け」

 魔導――否、魔術が発動する。区別は至極簡単だ。金色の瞳ではないものが、魔石の輝き無くして魔法を扱ったら、それが魔術である。
 男は数多の魔物と、人並み外れた戦闘能力を有する彼らを相手にしようとも、死ぬつもりはなかった。突破口を見つけ出して逃げるのみ。逃げられないのならば装置を調べられないように装置ともども破壊をするのみである。そうすれば――後は他の仲間が悲願を達成すべく次なるステージへ進んでくれる。
 男には死の恐怖がないのかと思えるほど無謀な攻撃――下手をすれば自身を巻き込み、その存在ごと死を迎えそうな行動に、サネシスは魔術師にとって死よりも恐れるべきはその正体が露見することである、とヴィオラは昔サネシスに話していたことを思いだした。
 ヴィオラ・レスは歳不相応の知識を持った少年――否、歳不相応の知識を自ら得る道を選んだ少年だった。成長した今はその傾向がより顕著に表れている。

「……逃がさせるものか」

 金色に輝く粒子は壁を作り、男の魔術を悉く無効化した。壁は結界の役割も果たしている。壁の外に一歩でも脚を踏み出せば突風が吹き荒れる中に無防備で飛び出すことに変わりない。壁の範囲外である時計台が軋む音が耳に入る。嵐のような突風で一面を覆い隠している魔物の列が乱れている。まだ、逃げ出せるほどの隙はないが、これ以上魔物の列が乱れれば逃走が可能な程の道を作ってしまうだろう。
 サネシスは壁の効果範囲を広げようと金色の粒子を散らすが、それが壁を成すのを阻止せんとばかりに、火の玉が降り注ぐ。その結果、金色の粒子は拡散して形をなさない。


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