零の旋律 | ナノ

V


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 アークは料理を口にした時、カサネの存在に気がついた。
 カサネ・アザレアの気配を肌で感じ取った。このパーティ会場内にいないことを考えれば、何処かで姿を隠しているのだろう。常人であれば気がつくこともないように気配を殺し、息を顰めている。
 アーク・レインドフはオールィク当主の下らないプライドを持ち合わせていない事に内心拍手した。
 カサネ・アザレアの存在に気がついた時アークは警戒レベルを上げている。仕事に私情は持ちこまない。カサネ・アザレアの能力を評価しているからこそだ。知り合いだからといって手を抜くはずはない、その逆だ。レインドフ家としての誇りがある。
 カサネ・アザレアが殺そうとする相手、そして標的とされた相手――アークはワインを口に運びながら自然と口元が緩む。


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 カサネはパーティ内の様子を影で見ながら、カサネが隠れている別室に人がやってくる足音を感じ取る。
 殺してしまおうか、と服に忍び込ませている毒に手を当てるが、此処で騒ぎを起こしてはまずいと判断する。

「ん? 誰だ」

 一室に人がいるとは思わなかったのだろう、警備員はライトでカサネの顔を照らす。

「ごめんなさい! 道に迷ってしまって手当たり次第に扉を開けていたのです……!」

 無垢な少年を演じ、カサネは頭を下げて謝る。警備員もまさかこの少年が主人を殺そうとしているとは露にも思わない。
 カサネは必死にごめんなさいと繰り返しながら、パーティ会場は何処ですか? と上目で尋ねる。
 その為の衣装だった。最もパーティ会場には入れない。カサネの姿を知っている者も多数いるからだ。

「あぁ、それならそこを曲がって……」

 警備員は親切丁寧に道のりを教える。

「広い屋敷だから、仕方ないよなぁ」

 そして同情も寄せる。

「有難うございました!」
「それにしても……少女が一人でうろついていたら危ないよ。いくら此処が貴族の屋敷内でもね」

 親切心で言ったのだろう。カサネは一瞬顔を曇らせるが、悟られないようにすぐに笑顔を作る。その笑顔は何処か引き攣っていたが。

「あ、有難うございます! 今度からは気をつけますね。それでは」
「あぁ、それがいい」

 そそくさとカサネはその場を移動して、また別の一室に侵入する。

「俺の何処か少女何だよ」

 顔をひきつらせながら忌々しく吐き捨てる。

 アーク・レインドフが抑止力となったお蔭が、パーティは無事に終了した。オールィクはアーク・レインドフに執務室で待っているように告げ、アークは高級品であつらえた執務室の中でアールグレイを飲みながら待つ。
 暫くして、ラフな格好に着替えてきたオールィクは約束の報酬を手渡す。

「是で問題はないだろうか」
「あぁ、勿論。俺の依頼も此処までで大丈夫だな?」
「あぁ、あとは警備を強固にすれば問題はない」

 パーティだからこそ物物しく警備で固めるわけにはいかなかったが、パーティが終わればそれも関係がない。アークの出番は此処までだった。依頼終了として約束の報酬をきっちり頂いたアークは、そのまま屋敷を後にする。その途中、薄暗い道の中でアークは思いついたように声をかける。

「カサネ・アザレア」
「……本当に忌々しい」

 カサネは後ろから密かにアークをつけていた。最もそんなことは屋敷から出た時、既に知っていた。
 それでも人気が本当にない場所までアークは待っていた。
 アークは振り返る。二人は一定の距離を保っている。月明かりが、二人の姿を照らす。
 カサネの白いフリルのついた服は光で良く映えた。

「悪いな、是が仕事だ」
「パーティ会場内でオールィクを殺すという目論見が果たせませんでしたよ」
「の、わりには何もしなかったな」

 料理には毒が仕込まれていなかった。他の所もアークが警戒を怠らなかったが、何一つ殺害しようという類のものは見つからなかった。


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