零の旋律 | ナノ

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「そこの眼帯をしている方だけですけどね」

 アークは男の方を振り返ってから、目線だけをラディカルへ向ける。

「ふん、そうか」

 偉そうで不気味で気味が悪いとラディカルは直感した。それと同時にアークがこの場にいるのは依頼されたからだろうが、依頼主が誰だかわかってしまった。アークは依頼主を誰だか秘密にして口外しないが、依頼主が自らアークに声をかけたり依頼したと言えばその限りではない。
 依頼主だろう男がこの場にいるのならば、アークが此処にいるのは依頼主が殺されたら困るからか?  となると――とラディカルの中で時間にしては短いが、普段の倍以上の速度で思考は回転する。それと同時に一つの結論に導く。ラディカルはナイフを握っていない左手で、サネシスの袖を数回つつく。

「何だ」
「あの能天気なお兄さん――アークはやばいから、此処は逃げた用がいいよ」
「は? 御免だな」

 ラディカルは首をやれやれとふり、覚悟を決める。
 アークがどのような依頼を受けているかわからないが、それが自分たち――つまり魔族を殺すことまで依頼内容に含まれているならば、逃げた所で殺されるだけだ。
知り合いだからといって見逃してくれる相手ではない。そんなことは百%わかっている。わかっているからこそ、対処のしようがあり、そして対処のしようがない。

「アーク、あの二人を生け捕りにするのだ」
「依頼内容には含まれていないけど?」

 依頼内容とは関係ないことまで、誰かの命令を受けてするつもりはない。

「金か!? ならば金を積むからさっさとそいつらを生け捕りにして現状を吐かせろ」
「それはつまり、生け捕りと拷問でもしろってか?」

 その渋りはラディカルがいるからではないことはラディカル自身がよくよくわかっている。
 ならば、何かがおかしい、何故仕事中毒であるアークが渋るのか、ラディカルにはわからない。ヒースリアはアークと依頼人から見えない位置で口元を歪めて笑っていた。 それすら様になるがしかし不気味で仕方なかった。この執事は、何故アークがすぐに承諾しなかったか気がついているのだ。

「そういうことだ、言わんでもわかるだろうが! 始末屋風情は一々そんなことまで告げないとわからないのか? 依頼主は私だ、始末屋程度が調子に乗っているのか!」

 ラディカルにはアークの表情がわからない。依頼人とアークが向き合っている形で、依頼人の表情がラディカルには見えるから当然アークは背中にしか見えない。
 だが、それでも確かに感じた寒気が。だから、依頼人の顔が驚愕と苦悶に満ちていることに気がつくのが数秒遅れた。

「はは、こりゃ面白い」

 サネシスは傍観している。この隙に乗じて人族を片っ端から皆殺しにするのもありだったが、しかし何が起きているのかを見終えてからでも遅くないだろうと判断したのだ。

「始末屋風情、始末屋程度が、だと?」

 何時もよりアークの声は低い。響く、はらわたを声で掴まれた錯覚に陥る。そんなことはないのに、この場の人間全ての命がアークの掌に載せられたような、そんな錯覚。

「何だ……あいつ」

 流石のサネシスも表情がややこわばった。全ての空気がアークによって染められた瞬間だ。

「な、何故私を……殺すつもりか」

 威勢が良かった依頼主の言葉も突然のことで弱弱しい。

「何故だと? お前は今、俺の生きがいを侮辱したんだ、当然だろ。……で、どうする? このまま殺されるか、それとも依頼を続行するか選ばせてやる」

 瞳だけで人を殺せそうな冷酷な眼差しに依頼主は戦慄する。どちらかを選ばなければ殺され、そして生き残るための選択肢は一つしかなかった。

「依頼を、続行してくれ」
「わかった」

 アークは声をかけることもなく、依頼主の腹部に突き刺したナイフを抜いた。ナイフによってせき止められていた血が溢れだす。

「さっさと立ち去れ」

 今のアークに逆らう気があるものなど誰もいないのだろう。依頼主はやりようのない恐怖を部下を怒鳴って呼びつけることで誤魔化しながら怱々に退散した。アークが偶々視線をずらしただけで、虎に睨まれた小動物のように市民は一目散に逃げた。サネシスはそれを侮蔑する。


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