零の旋律 | ナノ

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「おい、ラディカル。今脱兎のごとく逃げたら誰も咎めないぞ」
「そりゃ、御免っすね」

 魔族を見捨てるのは御免だ。

「そうか。なら後悔しても知らないぞ?」
「逃げた方が、後悔するさ」

 そう――逃げたら後悔する。アーク・レインドフやルキたちと出会うまで、ラディカルは自分の正体を知る者は誰もいなかった。誰も生かさなかった。ある時は拒絶され殺されかけたから殺した。ある時は命を狙われたから殺した。魔族の血を引いている。それがばれれば自ら殺した。だからこそ、今までラディカル・ハウゼンという存在が半魔族であることが知れ渡ることはなかった。
 アークは自分の正体を知って且つ生きている初めての人物だ――最も、ラディカルは魔法を駆使したところで化け物じみている――時々化け物そのものじゃないかと思うアークに勝てる気はしない。アークは始末の依頼があれば、魔族でも人族でも容易に殺す、種族なんて気にしない人物だった。だからこそ、ラディカルはその時から何かが吹っ切れた。その何かはまだわからないけど。ラディカルは大ぶりのナイフの柄を握る。

「上等」

 はははとサネシスは高笑いする。三百六十度人族に囲まれてなお絶対的自身に満ち溢れていた。魔法が使えない現状で、それでもサネシスから勝算が消えることはない。
 サネシスが動き出そうとするとき、そこに場違いな声が人だかりからした。

「あ、眼帯君」

 ラディカルは何もないこの場でずっこけたい気分になる。
 どうしてこう何度も出会い――そこまではいいにしても――傍から見ても普通じゃない状況に対して能天気に声をかけてくるのか理解が及ばない。理解の範疇を超えている人物アークを半目で見る。

「能天気なお兄さん、何用っすか」
「え、眼帯君を見かけたからだけど、声をかけたら駄目だったか?」

 最早乾いた笑いも出てこない。
 アークがこういう人物だということは知っているが、それでも普通この場で助けるでもなく人族に加担するでもなく、能天気に声をかけてくる選択を選びはしない。
 そして――その普通じゃない選択肢をするのは一人とは限らないのであった。

「周りの状況が一切の視界に入っていない主、この場で悪目立ちをしたい願望があったなんて知りませんでした。私は羞恥心で死にそうですよ。というわけで慰謝料を要求します」
「何がとういうわけだ、大体お前全然羞恥心なんて感じていないだろうが」

 能天気に声をかけてきたアークよりも、顔立ちが整い絵画にでも存在しそうな美しさでありながら、言葉は辛辣なヒースリアの方がよほど目立つ。

「腹黒執事までいた……」
「純粋無垢な私に対して無礼な言葉が聞こえたのは私の空耳ですか?」
「こっの地獄耳執事!」

 魔族、そして魔族に殺意を煮えたぎる人族を間にして漫才のようなやり取りを繰り広げる見た目人族三人の光景はやや異様で、その場の空気を鈍らせた。

「何だこいつら……」

 サネシスすら反応に困っている状況だ。

「おい、アーク知り合いなのか?」

 集団から一歩前に出てきて声をかけてきたのは、身なりが整っている精悍な顔立ちの中年男性だった。無駄な肉はなく、髭は手入れが行き届いていて理的な雰囲気を醸し出している。華美ではないが、服装や身につけている装飾品の品々が一目で高級品だと判断出来る材質のいいものを使っている。恐らくはこの街の有権貴族だろう。


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