零の旋律 | ナノ

V


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 ラディカル・ハウゼンは、海賊の船長になる夢を叶えるために、海賊船に乗って――色々あって海賊を殲滅したのち、小舟を使ってクセルシアの近くに到着した。
 クセルシアで休息しようと、街を訪れて魔法が使えない状況になっていることを知った。
 閑散とした場所へ移動してから、眼帯を外して魔法を使おうとしたが、魔法は使えなかった。普段使用している炎の魔法でさえ、どんなにイメージを抱こうが、詠唱をしようが、刃に炎が纏うことはなかった。何が起きているのか皆目見当もつかない。眼帯をつけてから、頭をかく。

「どういうことなんだよ……」

 今まで魔法が使えなかったことはなかった。魔法について誰かから正式に学んだわけではないが、魔族は感覚として魔法を扱える。魔族は歩くように、話すように、寝ると変わらないように魔法を扱う。突然、歩き方を忘れたような気分に陥る。
 ラディカルは、魔法が使えない原因を探ろうと再び繁華街へ向かおうとした時、背後から人の気配を感じて振り返るとボアつきのコートを羽織り、中には紳士然とした服装を着ている。その服装の組み合わせは聊かミスマッチだが、違和感はなかった。フードから覗く髪の毛はオレンジ色だ。

「……?」

 何処か見覚えのある風貌だが、誰だったか思いだせない。元々人の顔を覚えるのが得意な方ではないラディカルは印象が強くないと覚えられない。
 銀髪で美形だが性格は最悪な執事や、戦闘狂で仕事中毒の物騒な始末屋ならば一発で覚えられたが――むしろ忘れたくても忘れられなかった。
 その人物は繁華街へ向かおうとする。歩みに躊躇は見られない。この場所は人通りはなく――ラディカルが魔法を使おうとしたのだから当然だが――ラディカルの前をその人物は通り過ぎる。ラディカルも特に気に止めていなかったが、しかし見てしまった。恐らくはこの場に、この街に入ってはいけない人物だ。ラディカルは咄嗟にその人物の腕を掴んだ。ぎろり、と研ぎ澄まされた刃物のような瞳を向けられる。それは明らかな殺意と敵意。だが、ラディカルは気にしない。

「お兄さん、この街に足を踏み入れない方がいいよ」

 例え、どんな理由があろうと、この人物が街へ踏み入れれば――そして正体が露見すれば、別の意味で歓迎されることは間違いない。

「あぁ? お前にそんなことを言われる筋合いはない」

 その人物にとってはラディカルの顔に見覚えがあった。式典の時に、魔族と戦いながらもその瞳に殺気を宿していなかった風変わりな少年だ。

「今、魔法が使えなくなっているらしい」
「そんなこと知っている。だから街へ行くんだ」

 その人物――式典で、ホクシアと行動を共にしていた魔族の青年はぶっきらぼうに言い放つ。
 人族は嫌いだ、だからこそ親切にする筋合いがない――むしろ、今この少年を殺していないことが親切かもなと内心笑う。

「魔族が、そのまま踏み込んだって手洗い歓迎を受けるだけだと思うけど」

 魔族の青年は不思議に思う。あの時もそうだが、今もこの少年に殺意も敵意もない。かといって同情や憐れみを感じることもない。稀に人族から憐みの瞳で見られると青年は無性に腹が立った。そんな瞳で見られる筋合いは何処にもない。

「あんたら人族の指図を受けるつもりはない」
「あ……思いだした」

 拒絶したはずなのに、ラディカルは全然違うことを口走ったため、青年はやや肩透かしを食らった。


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