] アゼリカ・ユート、旧姓アゼリカ・リュース。 彼女の夫フロト・リュースは始末屋レインドフ家に始末された。レインドフ家は依頼主に依頼されたターゲットだけを殺した。そもそもフロト・リュースに家族がいたことすらレインドフは認識していなかった。仮に認識していたとしても殺した後はその事実をレインドフは忘却した。 アークの両親は、アークのように仕事熱心でも中毒でもない。依頼があれば受けるが、決して積極的ではなかった。レインドフからひょっとしたら足を洗いたいすら思っていたのかもしれない。 アークの両親は依頼されたターゲットを始末し終えた後は、その名前も顔も忘却することにしていた。 だからこそ、仮にフロト・リュースを殺した時に、アゼリカの姿を目撃していたとしても、のちに引っ越していたアゼリカを以前殺したターゲットの妻だったとは気がつきはしなかっただろう。 アゼリカは夫を殺された悲しみから復讐を誓った。リュースの名字から自分たちが復讐のためにレインドフに近づいたと思われないように旧姓に戻した。 そして――親しくなれるように、怪しまれないように、毒殺出来るようにアゼリカは数年物歳月をかけて、レインドフと親密な関係になることを待った。時は満ちた、とアゼリカは判断しそして毒殺した。 けれど、誤算だったのはその場をアーク・レインドフに目撃されたこと、恨みつらみを言われれば馬頭されれば、襲ってこられればまだましだった。まだアゼリカは壊れている自我をそれでも保てた。だが、アークは何も言わなかった、何も思わない瞳でアゼリカを見てしまった。 その瞬間、アークという存在の恐怖にアゼリカは捕らわれた。 数日後 「あははははあああ」 叫び声、高笑いとも鳴き声とも聞きようによっては聞こえる声。そして地面に叩きつけられる衝撃音。 アークは両親が殺されたことなど何もなかったかのように、アゼリカの息子であるハイリといつものように遊んでいた時だ。声と音の方向はユート家の方からした。声はアゼリカのものであり、何事かとアークとハイリは音がした方向へ走る。到着した時、アゼリカは血まみれで地面に倒れていた。 「母さん!?」 ハイリが駆け寄る。その後ろにアークはやはり何も思っていない瞳で近づく。 「母さん!?」 ハイリは必死に母親の身体を揺する。手には生温かい感触が伝う。 「まだ、生きている。医者を呼ぶか」 弱弱しいながらも呼吸する音が聞こえる。淡々と感情の籠っていない声色でアークはハイリに問う。 「頼んだ、たのん……」 ハイリは涙目で、取り乱しながらもアークに頼む。 アゼリカの薄れいく意識の中で、戦慄する。医者を呼ぶか、そういったのは紛れもなくアークだった。その事実が、アークの異常さをより一層理解してしまった。 ――理解などしたくないけれども。 ――何故、私はあなたの両親を殺したのよ、それなのに何故、私を助けようとする。 ――けど、いいわ。どうせ間に合わない。 [*前] | [次#] TOP |