Z 「あぁ、そうだ」 不気味なほど男の笑顔がヴィオラには印象に残らされた。忘れようとしても脳内にこびりついて忘れられないそんな笑顔だった。その時、男の机にナイフが突き刺さる。ユーエリスが使っている黒に金縁のナイフではない。 アークの方を見ると、アークは満面の笑みを浮かべていた。戦うことが楽しくて、それが生きがいの表情だ。コートの裏側からアークはナイフを取り出し投げつける。数歩離れた所でユーエリスがナイフをナイフで弾く。ユーエリスはナイフでアークに切りかかりに向かうが、アークは軽やかな動作で交わす。髪一つ切りつけることは出来ない。 ユーエリスはバランスを崩させようと足払いをかけるが、アークは身体を回転させて避けると同時に蹴りをかます。ユーエリスは腕でそれをガードするが、勢いを殺しきれずに壁まで飛ばされた。受け身を取り、すぐにユーエリスはすぐに体制を整える。 「信じられないな、あいつは戦闘狂であり、仕事中毒だ」 「実は人を見る目がないんじゃないのか」 「それはお前だろう、俺は別に人を見る目がると豪語するつもりはないが、それでも人を用意に騙す腕くらいは持っている」 「人を見る目がなくても、人を騙すことは何時だって容易だとは思うぞ」 男の言葉に苛立ちを覚えるが、ヴィオラは寸前の所で攻撃するのをやめる。結末を見届けるためであり、傍観者。男に攻撃すれば傍観者の立ち位置を崩すことになる。それは今回ヴィオラが引いた境界線を越えることになる。その時ヴィオラの完全に黒に金縁のナイフが迫ってきた。ヴィオラは咄嗟にトランプで弾く。 「なかなかの腕前だな。雇ってやるからそこの始末屋を殺してこないか?」 「冗談。誰が好き好んで雇われるかよ」 「始末屋の敵には回りたくないか」 「少なくとも敵に回らなくてもいいときに、敵に回るような真似はしたくないな」 敵に回る必要があれば、ヴィオラは敵になる。全力でアーク・レインドフに挑む。けれどその必要がない時に、挑むつもりはない。 ユーエリスは椅子を盾にしてアークのナイフを凌ぐ。アークとユーエリスの戦闘で室内はあちらこちらにナイフが突き刺さっていて何のホラーかとヴィオラは思う。 アークの蹴りを悉く交わしたユーエリスは床を転がるように移動して、奇跡的にナイフが一本も突き刺さっていないソファーの上に置いてある杖を手に取る。杖を剣のように構えアークに向かっていく。 その動きに、アークは一瞬だけ目を煌めかせ、袖口からレイピアの形状をした短剣を取り出し、杖の攻撃を防ぐ。 「邪魔だっ!」 今まで無言だったユーエリスが初めて声を発する。少女らしい音域の声で、その声自体が歌を歌っているような美しさを持っていた。 「それはこっちも同じだけどなっ!」 アークはユーエリスの腹部を蹴る。 「がっ……」 苦悶の表情を歪めながらもユーエリスはその場に踏ん張る。少し後退してからユーエリスは杖を振り上げると同時に――杖の中に隠してある刃が煌めく。ユーエリスが武器として手に取った杖はただの杖ではない仕込み杖だ。最初から用途がわかっていたアークはレイピアの形状をした短剣で弾く。 力強いアークの攻撃に、ユーエリスの握力では握り続けることが出来ず、杖は床を回転しながら廊下へ出てしまった。 一瞬で愛刀を手放す予想外のことに焦って取りに行こうとするが、それをアークが許すはずはない。ユーエリスは武器を取りに行くことを一瞬で諦め、両手を覆い隠す長い袖から短剣を取り出す。ざっくばらんに切ってある髪の毛が揺れる。 [*前] | [次#] TOP |