零の旋律 | ナノ

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 ヴィオラに直接当たってはいないもののユーエリスの短剣が壁に数本突き刺さっている。ヴィオラの右手にはトランプが握られていた。武器を取りだしておかないと聊か心許なかったからだ。
 ヴィオラはふと、昔シャーロアに読み聞かせた絵本の内容を思い出した。
 その内容は、昔ある所に、お金が大好きで命より大切だと豪語し、実際お金のためならどんなことでもする悪党がいた。
 悪党は報酬さえ頂ければ何だってした。人を殺すことは朝飯前にやってのけ、誘拐や泥棒もやるし、時には好きな人に恋人が出来たから、その恋人が好きな人から離れるようにしてくれという内容まで、本当に節操なく手段を選ばずやった。そうして悪党は有名になった。悪党は狡賢く中々捕まらなかった。ある日、悪党を討伐する討伐隊が結成され、悪党は追い詰められた。最後、悪党はお金を守るために自分を盾にして、命を捨ててお金を守ったという内容だった。読み聞かせた後、なんでこんな内容が絵本になっているんだよと内心で悪態をつく。元々知っていてシャーロアに読み聞かせたわけではなく、単に絵本を読んでと言われた時一番近くにあった絵本がそれだったのだ。
 絵本に登場した悪党とアークは似ているなとヴィオラは思う。アークも始末屋であり続けるために――仕事をし続けるためにアークは依頼であれば何だってするのだから。 けれど最たる違いは、あの絵本には悪党を退治する勇者がいた。だが、アークを退治する者はいないのだ。

「なぁ、アンタは逃げようとしないんだな」

 暇つぶしに、組織の首領に話しかける。

「ユーエリスなら問題ないと判断しているからな、他の誰もがやられたところでユーエリスは負けない」

 返事がないかと思ったが返事はあった。この場に留まっているのはユーエリスの力を信じているから、それ以上に男はわかっているのだ、この空間から下手に逃げようとする方が危険だと。
 男の両手には拳銃が握られているのがヴィオラの視界からは見えた。机に隠れていて丁度アークからは見えない。

「成程な」
「私としては気になるのは、お前だ。何をしにきた?」
「結末を見届けに来た」
「おかしなやつだ、あの始末屋の仲間なのだろう?」
「仲間? 冗談を。あの始末屋に“仲間”なんて存在しないだろう」

 嘲笑して切り捨てる。

「そうか? 案外いるとは思うぞ」
「依頼であれば誰だろうが殺す、あのレインドフがか?」

 ハイリ・ユートのことは殺さなかった、けれど正確にはハイリは組織ユトハイアの面々ではない、依頼以上のことをしないものまた始末屋アーク・レインドフであるが故に、そのことについてはまだギリギリ納得はできる。


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