零の旋律 | ナノ

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「なら最初から教えてくれりゃいいのに」
「色々とこっちもあるんだよ。一つ聞かせろ、こいつの彼女を殺すのか?」
「……さぁな」

 予想外の返答にヴィオラは目を丸くする。アークは仕事中毒で依頼を完璧にこなす存在だ、そのアークが返答を濁したのだ。驚きと同時に、ヴィオラは安心した。依頼があれば誰だろうと殺すと断言しているアークにも、知り合いに対する情が全く存在しないわけではなかったと。

「勝手についていくから」

 ヴィオラは結末を見届けるために――勝手に同行した。アークは別にヴィオラが仕事の邪魔をするわけではないと判断して、何も言わなかった。
 途中出会う組織の一員を悉くアークはその辺にあった花瓶などを利用して倒していく。花瓶を顔面に浴びた人物は水浸しになっていた。

「……なんだかなぁ」

 ヴィオラは若干顔を引きつらせた。例え相手があのアーク・レインドフだったとしても、彼らだって裏社会のプロであり、花瓶などでなら本来不意打ちすらも出来ない相手だ。それを花瓶や、戸棚、額縁など目についたもので応戦し――傷一つ負わずに勝てるアークの強さが異常なのだ。敵に回したくない相手だとヴィオラは再認識する同じ感想を一体どれだけの人が抱いたのか見当もつかない。
 アークは階段を上ろうとした時、上からなら交わしようがないと判断したのか、上階から銃を構え乱射してきた。ヴィオラは咄嗟に結界を貼って交わすが、アークは魔導を扱うのを嫌っている――戦った感じがしないからといって、だからこそ結界は使わない。銃弾の嵐が降り注ぐ瞬間、壁を蹴り、そのまま身体を回転させて上階まで登ってしまったのだ。
 そして相手の銃を力づくで奪い、彼らを射殺した。銃弾が鳴りやんだ所で、ヴィオラは手すりを使って階段を上る。

「なんか結界貼ってやり過ごした俺が馬鹿みたいに思えるぞ」

 これもヴィオラの独り言だ。仕事中のアーク・レインドフに勝手についてきたのだ、下手に話しかけたくはなかった。それこそ仕事中のアークに問答無用で普段のテンションと変わらず話しかけるのはせいぜい執事であるヒースリアかメイドであるリアトリスくらいな者だろうと思う。そこで、ふともう一人のメイド、カトレアならばどうするのだろうかと疑問が浮かんだが、疑問を解消できるほどカトレアとは会話をしていないため途中で打ち切る。
 そうこうしている間にも、組織の面々は次から次へと襲いかかって来てそれをアークが悉く撃退する展開がひっきりなしに続いていた。圧倒的な力量の差、それは相手に同情を抱いても不思議ではないほどに存在した。けれどヴィオラの視線は冷たい。裏社会の人間だからではなく、人族全般に対する冷たい視線だった。アークにどんな武器で殺されようともそこに同情は抱かない。初対面と付き合いのある人物の差ではない。そこにあるのは明確な敵意。隠そうと思っても隠しきることのできない憎悪が存在する。

「……アーク、お前は殺すのか生かすのか?」

 憎悪や敵意を腹の奥底に抱え込んだヴィオラだからこそ、アークを裏切ってまでもユーエリスを守ろうとしたハイリと、それでも依頼を遂行するアークの結末を見届けたかった。


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