零の旋律 | ナノ

V


「……ひょっとしてお前の彼女がいる組織がユトハイアか?」

 一度可能性が浮かんでしまえば、それ以外の可能性は微塵もないように思えた。そうでなければ、ハイリが目の前に現れるはずがない。

「彼女じゃないって何度言えばわかる」

 ハイリは彼女の部分に嘆息しながらも頷いた。

「そうだ、ユーエリスが此処にいる。俺はユーエリスに死んでほしくない――アークに殺されて欲しくない」
「お前じゃ俺を止められないだろう。足止めにすらならないぞ?」
「足止めにならなくても――時間稼ぎくらいにはなるだろう」

 ハイリは一歩前に出て、砂を踏みしめる。緊張が汗となりハイリの背中を伝う。アークと敵対して生きていられる保証はどこにもないし、アークに傷一つ負わせられるとも思っていない。何せ相手はレインドフ家を始末屋として有名にしすぎた人物だ。
 アークの実力はメイドや執事であるリアトリスやヒースリアよりもよくわかっているつもりだった。昔馴染みとしてずっと実力を間近で見続けてきた。時間稼ぎ程度でも構わなかった、それで死んでも無駄死にだとは思わない。覚悟を決めて目の前に立っている――以前、アークに裏切るならお前の方が裏切りそうだと言われたことがあった。まさかそれが真実になるとはハイリ自身予想もしていなかった。何の因果か、何の皮肉か、自重する。

「馬鹿が……」

 誰にも聞こえない呟きであり舌打ち。ハイリが目の前にいることに対して躊躇は生まれない。アークはハイリが反応出来ない速度で近づき腹部を思いっきり殴った。

「がっ……」

 ハイリが倒れてくるのをアークは肩で止め、そのまま地面へ寝かしつけた。気温は少し低いが放置していても風邪は引かないだろう。

「時間稼ぎにもならないことくらい、お前にだってわかっていただろうが……」

 気絶したハイリを放置して、ユトハイアの中へ侵入しようとしたが、その時、風のざわめきで木々が揺れる。

「意外だな、アンタでも殺さない相手がいるなんて」

 木々の間から飛び降りて地面に着地したのはヴィオラだ。ヴィオラがユトハイアの屋敷が見渡せる位置にある木の枝に座っていたのをアークは知っていたが、仕事の邪魔をすることはないだろうと放置していた。

「依頼はユトハイアの壊滅だからな、関係ない奴を殺す必要はない」

 それがヴィオラの問いに対する返答であり、ハイリを殺さなかった理由。

「成程」

 だが、それはヴィオラにとって百%信じるに至ることはない。何故ならば仕事中のアーク・レインドフであれば、それがたとえ部外者でもユトハイアに組みすれば殺害対象になると思っているからだ。

「でも、どうしてお前が此処にいる? 最初から俺を待っていたのだろう?」
「……そこの治癒術師が、ユトハイアにいるって知っていたからな、一応」

 アークに用事があったヴィオラは、アークの足取りを掴むためにユトハイアについて調べた。その時、記憶の映像としてハイリの姿が見えたのだ。ハイリ・ユートはアーク・レインドフが信頼を置く治癒術師である、だからこそヴィオラはアークはどういった行動をするのかを知るために、隠れて傍観していた。


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