零の旋律 | ナノ

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「アゼリカの目的は俺を殺して夫の名声を上げようとしたのだろ?」

 不自然な依頼、何処が不自然と問われれば明確な答えはない。ただ、長年の経験が不自然だと告げていた。アゼリカは本当に夫を殺したいのか、と。何よりアゼリカには笑みが多かった。それは夫を殺して貰えるからの笑みではないことをアークは見抜いていた。見抜いていた上で依頼を遂行した。
 依頼は達成するのみ、例えどのような理由であろうとも。それがどんなに依頼人の予想を裏切ったものだとしても。

「それが何よ! 私の夫は、ジャリスは一番強いのよ。だから貴方を殺せば夫はもっともっと有名になれた!」

 夫を有名にするために、レインドフという名家を殺せば箔が一気につく。それこそ裏の世界では知らないものはいないほどになるだろう。だからこそ、アゼリカとジャリスはアーク・レインドフ殺害計画を練った。
 一番手っ取り早いのはアークが此方にきてもらうこと。その為に仕事中毒であるアークを利用した。夫を殺して欲しいと依頼して、夫と戦わせた。
 そこまではアゼリカとジャリスの思惑通りだった。しかし思惑が外れたのは此処から。
 健闘することもなく、あっさりと一撃でアークに殺されてしまった。
 アーク・レインドフの実力を誤っていたことが敗因。どうしようもない致命的な敗因。

「依頼の成功報酬は渡して貰えそうにないなら、屋敷から適当にとりたいところだが、構わないか?」
「ふざけないで!!」

 叫ぶ叫ぶ。現実が認められなくて。現実を認めなくて。

「ふざけないでっ」

 アゼリカは袖口に隠し持っていたナイフを取り出し――カトレアへ向かう。
 自分の実力で叶わないならせめて一人でも道ずれに、そう思ってのこと。
 しかしカトレアの前にアークが立ちはばかる。アゼリカが袖口からナイフを取り出そうとした瞬間に判断し、アークは動いていた。状況認識能力も何もかもが違う。比べようがない。

「つっ――」

 アークはナイフを取り上げ、アゼリカの腹部を蹴り飛ばす。地面に数回激突しながら最終的にはジャリスがクッションの代わりとなり止まる。白い純白の服が血で濁る。

「がはっは……つぅ」

 痛みに顔を顰める。痛みで涙が止まらない。悲しみで涙があふれる。

「カトレアに攻撃はしないでほしいな。部屋の危機になるもので」

 奪ったナイフをクルクルと回しながら遊ぶ。何処までも余裕。相手にすらされない。

「へぇ、このナイフ高級品だな」

 ナイフの柄部分には赤い魔石が取り付けられている。銀色の装飾が施されたナイフは一目で高級品だと判断出来た。

「……依頼の成功報酬として頂くさ」
「それは! 夫が私にくれたもの!!」

 必死に叫ぶが、痛みで身体は動かない。

「前払いと成功報酬、両方頂くといっただろう最初に。安心しなよ。勝手に屋敷から漁るなんて真似はしないから」

 アークはコートのポケットの中に無造作にナイフをしまう。

「ふざけないで!!」

 叫び声にもう返答はしない。依頼が完了された時点でアークの興味は失せている。

「さて、カトレアも無事無傷だし帰ろうか」

 馬車がある場所まで戻ろうと二人はアゼリカとジャリスに背を向け歩き出す。

「ふ、ふざけないでこんな結末認めないわよ!!」

 喚く。

「アーク・レインドフは依頼以上の事はしないの」

 カトレアが一度だけ振り返り、それだけを告げる。
 アゼリカは地面を何度も、何度も叩く。
 何故――自分は殺されなかったのかと。

「依頼主を殺したら成功報酬を貰う意味がなくなるからな」

 アークはあくどい笑みを浮かべ、誰に告げるでもなく呟く。
 屋敷に戻るとヒースリアが胡散臭い笑顔で出迎える。

「主、お帰りなさい。主の物忘れの激しさによって私は余計な手を煩わせました。時間外給料を要求します」

 予想通りの言葉と予想通りの出迎えにアークはため息をつくのも忘れる。

「時間外給料って時間内の仕事だろ!」
「でも、主が仕事に夢中になっている間に私は頑張って仕事をしていました」
「仕事に夢中になっている間も仕事だろうが!」
「全く主の下らない文句に付き合わされなければいないのですか」
「文句はお前だろうが」

 いつも通りのやりとりを一取り繰り返した後、アークは特注の本棚がある執務室まで向かう。

「おお、やっぱりいいな」

 特注の本棚は自分好みに仕上げられていた。相変わらずいい腕をしていると。

「リアトリスと私で頑張って此処まで準備したことに対する感謝はないのですね、いやですねぇ感謝を忘れる人にだけは成りたくないです」
「嘘ばかりをつくな。まぁサンキュ」
「いえいえ、不気味な主の言葉を聞けたから満足としておきましょう」
「本当に性格わりぃな」


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