零の旋律 | ナノ

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「迷惑だと思わなかったとしてもだ! 俺はこの場に残っているわけにはいかない! 俺はエレテリカには幸せになってほしいんだ!」

 悲痛なそれでいて切実な叫び。

「エレテリカは嘗て俺を救ってくれた! 俺という存在のせいでエレテリカの人生を壊すわけにはいかない。頼む」
「馬鹿が……。エレテリカはお前がいるなら……」
「それ以上言うな」
「……わかったよ。なら、聞かせろ。カサネは何故エレテリカに拘った? お前は何故エレテリカのために人生を捧げる?」
「エレテリカは」

 カサネは語る、エレテリカと出会った忘れられない出来事を。瞼に手を当てる。今だって思い出せば鮮明に思い出せた。何時だって思い出せる。


 時は遡り、まだ、カサネ・アザレアが人族として過ごしていない頃、カサネは金の瞳を隠さずに荒れた生活を送っていた。ナイフを片手に集団で窃盗などを働いてギリギリの毎日を生きてきた。
 その時の仲間は、カサネ以外全員人族だったがカサネを差別することはなかった。それは仲間意識があったからではない、単純に差別する余裕が何処にもなかったからだ、それにカサネは集団の中で一番の稼ぎ頭だった。カサネを失えばギリギリで生きてきているのに、それすら厳しくなる。
 そうして生きてきたカサネだったが、ある日――大規模な警備態勢が敷かれた。度重なる窃盗の結果自体を重く見た軍人たちが動き出したのだ。
 次々と彼らが捕えられていく中、カサネは必死に逃げた。捕まれば――魔族である自分がどういった目を見るのか火を見るより明らかだったからだ。軍人をみかければ問答無用で切りかかったが、けれど体力の限界はある。元々ボロボロだった服はさらに破けた。
 疲れ果てて――捕まるくらいならば、いっそ死のうかと思った時、軍人の足音が聞こえてくる。カサネはナイフを構えようとしたが、それより早くカサネの腕を優しく握った人がいた。

「大丈夫?」

 身なりが整った人物は一目で、カサネとは生きてきた世界が違うと実感した。

「あんた、馬鹿?」

 思わず口をついて出てきた言葉。

「馬鹿って酷いなぁ……怪我大丈夫?」

 カサネより幾分若い少年はカサネの怪我を見て本心から心配しているのが伝わってきた。普段感じることのない無償の温かさ。見返りを求めない優しさ。

「だって馬鹿だろうが……」
「しっ、黙って此処に隠れて」

 そういってカサネを路地裏へと少年は押し込んだ。カサネが隠れたすぐ後に軍人が数名やってきて――少年を見た瞬間敬礼をした。

「エレテリカ様! こんな場所に一人で出歩いては危険ですよ」
「大丈夫だよ、それよりどうしたの?」
「魔族の少年を探していまして、ご存じないでしょうか?」
「全然、他に逃げたんじゃないかな」
「有難うございます」

 もう一度恭しく敬礼をして軍人たちは忙しなく去っていった。

「もう大丈夫だよ」

 策略も画策も何もない満面の純粋無垢な笑顔にカサネは益々不思議な気持ちになる。


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