零の旋律 | ナノ

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 本来なら猶予があった。まだ後少しの猶予はあった。まだ――エレテリカと一緒にいられた。
 けれど、その猶予は脆く崩れ去った。それをカサネ・アザレアは痛切していた。
 だからこそ、エレテリカに安全を――エレテリカが安心して王宮で暮らしていけるように、その策を練り行使していた。その結果、大切なエレテリカの顔を見られなくても構わなかった。王宮でエレテリカが幸せに生きてくれるならそれだけで良かったから。それが単なる自己満足なら自己満足で構わない。

 アーク・レインドフとシェーリオル・エリト・デルフェニは扉の外にいた。中にはカサネ・アザレアを殺そうとした首謀者とカサネがいる。
 アークがカサネを狙った輩を片付け、シェーリオルが正体を掴み、首謀者を殺そうと、首謀者がいる場所へ訪れた時カサネが姿を現したのだ。そしてこう言った『私が片付けますから、外にいてください』と、シェーリオルは渋々それを承諾した。シェーリオルが承諾した以上、アークは扉の外にいるしかない。
 シェーリオルはやや苛立っていた。中でどんなやりとりがなされているのかわからないから不安なのだろうとアークは推測している。

 カサネはナイフを両手に、首謀者と対峙していた。

「私を失脚させようとした理由は何ですか?」
「……はっ、そんなものお前が気に入らないからだ! 王になるのはエリーシオ様だ! それをねこばばしようと考えること自体、そもそも許せない!」
「……確かにそういった恨みもあるのでしょうが、それだけではないのでしょう? そういった輩は王子――エレテリカを殺そうとしていましたから」

 カサネの瞳は光が宿っていないのではないかと思えるほど冷たかった。窓から入る僅かな光さえも、カサネの前では闇へと変化しそうな暗さを今のカサネは纏っている。
 ――この男は、こいつは

「気がついたからだ! おかしいだろうが! お前はもうすでに六年以上も策士としている、なのに何故そんなに姿が変わらないのだ!? そう思った時一つの仮説が閃いた。お前は――魔族なんじゃないかってな。魔族が人族の王政に関わる? はっ下らない! そんなこと前代未聞、だ馬鹿馬鹿しい。何を企んでいるのかわかったもんじゃない! お前を失脚させるには十分すぎる理由だ」
「仮説は、所詮仮説だ。力説したところで通るとも限らない」
 ――猫を被るのにも飽きた。
「かもしれないな、けれど――魔族じゃないかと噂を立てられた時、お前は否定するだけの証拠を持っているのか?」

 首謀者とて馬鹿ではない。エリーシオの臣下として頭脳を駆使して貢献してきた。だからこそ、首謀者は証拠――にならずとも、仮説を相手に信じ込ませるための準備は用意周到にしてきた。そして仮説を証拠にするための道具も用意してある。

「お前にはそんなものないだろう? そもそも元々の素性が怪しいんだ、それにお前のことを気に食わない奴らは掃いて捨てるほどいる。そいつらを利用すればいくらエレテリカ様がお前を人族だと叫んだところでお前が否定した所で多勢に無勢だ」
「それだけか?」

 自分の仮説を喋ることに高揚して、カサネの口調が変わったことに気がついてないのか、それともカサネの口調に興味すらないのか、首謀者は続ける。


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