V 「そだ、俺は偽名使っとくか? ヒースリアとかの」 「いや、面倒だからアークでいい。つーか紛らわしいだろヒースリアって」 「アークって名乗ってもばれる可能性あるぞ?」 「そんときはその時。俺に忠告をするほどの度胸がある奴がいるとは思えないし、いたとしても知らぬ存ぜんでいくさ。レインドフは貴族なんだ、貴族の友人がいたって不思議じゃないだろう」 「悪人だなぁ。王子より役者やった方がきっと似合うぞ」 「悪役の役者か?」 「そうそう」 シェーリオルが役者として舞台に立つ姿を想像するアークだが、その姿は様になっていて、違和感一つなかった。 「さて、じゃあ行くか」 「はいよ」 シェーリオルは部屋を後にする。シェーリオルの隣に並んでアークは歩く。後五人ほど横に並んでも余裕で歩けるなとアークは廊下の幅を見ながら思う。何人かの使用人とすれ違ったが、シェーリオルの友人に見える振る舞いをしているアークを疑問に思う者は誰一人としていなかった。 シェーリオルは弟であるエレテリカの部屋を目指して歩いていた。兄弟なのに部屋が遠いいのは何か理由があるのか、それともそういったものなのかアークには判断がつかないし、興味もなかった。 「エレ、いるかー?」 「いるよー」 エレテリカの自室前でシェーリオルは声をかけるとすぐに返事が返ってきた。 シェーリオルは扉を開けて、エレテリカの部屋へ足を踏み入れる。同じ王子でも、シェーリオルとエレテリカでは違うのだなとアークは実感した。お湯を沸かすポットなどは常備されているが、キッチンと呼べるものはない。シェーリオルの部屋より色見が多い家具はしかし決して派手でない。どちらの部屋の方が落ち着くかと問われればアークはエレテリカの部屋を選ぶ。 「あれ? そっちは……確か祭典の時にカサネが雇ったていう」 「そう。アークだ」 護衛として雇ったと、以前シェーリオルは説明している。その為エレテリカはアークの存在を知っている。王宮内でばったり出会ってしまう可能性を考慮して最初にエレテリカとアークを顔見知りにしておこうと判断したのだ。 「宜しく」 エレテリカは無警戒でアークに近づき手をさし伸ばす。 「此方こそ」 握手をしたところで、此処にカサネがいたら即効で抗議をしようとするんだろうなとシェーリオルは思う。 アークが始末屋である以上、エレテリカと関わらせたくないと思っているのは明白だ。普段ならその意思を尊重するが、今回ばかりはそうはいかない。何せカサネ・アザレアは自分自身の命に関しては無頓着だ。襲ってくればそれは返り討ちにするし、人も殺す。けれど、狙われているからといって先手を打つことはしない。そんなことに時間を割くくらいなら、エレテリカのためになることを一つでも多くやっておきたいと思っているからだ。その考えがわかってしまう自分が今ばかりは嫌になる。 「エレ、カサネは今どうしている?」 「わからない。最近カサネやたら忙しそうで、俺の所にもあんまり顔を出さないし」 「それは大分だな。カサネは忙しくてもエレの所には時間を作って会いくるのに」 「何かまたやっているの?」 「さぁ、今回ばかりは俺にもわからない」 「俺も。何かわかったら教えてもらえる? 兄さん」 「あぁ、わかった」 そういったシェーリオルだったが、何かをやっている検討はついていた、そしてその検討は外れて欲しいものであった。だが、エレテリカにその可能性は伝えないで、呼吸をするように嘘をつく。それがエレテリカのためになるか、ならないかは不明だが、それでも真実は教えない。 最も全てが嘘ではない、嘘の中に真実は混じっている。シェーリオルは実際、今カサネが何をしているのか完全には知らないし、知らされていない。知らせる時間すらカサネにとっては惜しいのだ。 [*前] | [次#] TOP |