零の旋律 | ナノ

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「終わったか」
「えぇ、大半の研究施設の撤去が終わりました」
「大分時間がかかったよな」

 数時間、といった時間ではない。数日――最初のヴィオラが侵入をした時から、この施設にある重要事項の撤退は始まっていた。残りも後わずかだという時に、運悪くヴィオラ達が侵入してきたのだ。

「……成程、始末屋アーク・レインドフに、幻影のカルミアですか。ヴァイオレット一人じゃ流石に荷が重いですね、一対一ならともかく」
「ならアンタも戦ってくれるのか?」

 アークはライオンも裸足で逃げ出しそうな程の笑みを浮かべながら机に手をかける。アークの手短な所にある最後の机だ。名前が知られていることも別段驚くべきことではない。見る人が見れば気がつくものだ。

「……何でヴィオラが」

 机を投げようとした時、今度はアーク達の方向から扉が開く。
 壁に手をついて、やっとというところのヴィオラと、リアトリスがいた。

「リア、何故」

 特にいさめる様子もなく、理由を聞くアークに

「ヴィオラがどうしてももう一回きたいっていうものですから、仕方なく。これって特別給与でますかね?」

 リアトリスは答える。場違いに明るい声は周囲の雰囲気を乱す。

「アンタは……帝国の軍師アネモネか」

 ヴィオラは、ローブの人物に見覚えがあるのか、辛そうな声でしかし鋭い瞳でローブの人物を睨みつける。
 此処まで来るのもようやっとといったところだろう。本来なら絶対安静だ。

「えぇ、そうですよ。私はアネモネ」

 ローブの人物はアネモネと名乗る。

「貴方が、ヴァイオレットの言っていた――レスの魔術師ですね」
「隠す必要はなさそうだからそうだ、と答えてやるよ」
「最も否定したところで、その色合いがレスだと証明していますけれども」
「それもそう、だな。……アーク、そこのヴァイオレットは殺すな」
「えー」

 不満げな声。そしてどうしてだとアークは疑問の視線を送る。それはそうだろう、軍師であるアネモネはともかく、ヴィオラの依頼は研究施設と研究員の始末だ。ヴァイオレットは研究者であり、始末の対象である。

「何? 見逃してくれんの?」

 それならそれで楽だから有難いのだけど、とやる気のない声で続ける。しかし、ヴィオラは首を横に振る。

「いいや、ヴァイオレットは俺が殺す。始末屋になんて譲ってたまるか」

 宣戦布告だった。怪我はしても、その強固な瞳は殺気を含んでヴァイオレットを睨みつける。

「アークに依頼をしたのは俺だ、依頼内容を変更するのも俺の勝手だと思うが? 問題があるなら後々依頼料を上乗せしてやる」
「……依頼だと言われたら俺はわかったと答えるしかない」

 アークは肩をすくめてから渋々同意する。

「ヴァイオレット。ここにはもう用はありません、撤退しますよ」
「わかった」
「レスの魔術師。ヴァイオレットを見逃すのです、まさか私は見逃さないとはいいませんよね?」
「勿論だ、アンタも俺が殺す。アンタらの仲間は俺が殺す」
「……此処は手を引くとしましょう」

 彼らの間でしかわからない、ある種暗号めいた会話のやりとりに、アークたちは口を挟まない。
 アネモネとヴァイオレットが姿を消した後、ヴィオラは傷が痛むのか顔を顰め、腹部に手を当てる。


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