U 道中カトレアは無言だった。恥ずかしそうにアークの後ろに隠れるばかり。アゼリカは何処か嬉しそうに笑みを浮かべていた。何度かカトレアとの会話を試みていたが、途中で断念した。 暫くして村へ到着する。静かな村だった。静寂としている――否、人がいなさすぎた。 一件大きめの建物があるだけで、他に建物らしい建物はない。大きな花畑が色とりどりの花を咲かせ、季節を感じさせる。風が運んでくる香りに誘われ蝶が舞い降りているような錯覚に陥る。心が沈んでいる時に、この花畑が視界に入れば、何処か風と共に沈んだ心を取り除いてくれそうな場所。 「あれ? 此処って村じゃなかったのか」 「数年前に、私たちを除いた村人は村を離れて街へ行ってしまったのです」 ですから、今は二人で住んでいますとアゼリカは答える。 「二人だけの村ね」 寂寥な場所だ、とアークは感じる。跡地であるだろう花畑。 馬車を降り、そこから徒歩で向かう。馬車は仕事が終わるまでその場で待機している。レインドフ家御用達の馬車だ。途中で花畑は途切れ、一面コンクリートで出来た道が広がる。 「此処からが私たちの住居です」 レインドフ家には及ばないものの、総敷地面積はかなりあり、豪邸だと云う事が一目で判断出来る。 何処かの令嬢か、とアークは思わない。名前を聞いた際、聞いたことがない名字だったからだ。勿論、貴族の全てを把握しているわけではないが。 「じゃあ、どうすればいい?」 そのまま屋敷に入って主人を殺すか、それとも呼びだすか 「……屋敷が汚れるのは嫌なので呼んできますね」 「頼んだ」 アゼリカは早足で家の中に入る。遠足が待ちきれない子供のような表情をしていた。 「……やっぱり、不思議だな」 「不思議、ですね」 「というか……無駄足疑惑だよな。わかってはいたけど」 「お花が綺麗だから、いいかと思う」 遠慮がちに、しかし自分の意見はしっかりと告げて花畑の方へ向かい、しゃがんで香りを嗅ぐ。 「あまり離れるなよ。お前が怪我をしたら俺の部屋がなくなる」 リアトリスは有言実行だ。カトレアに掠り傷一つあれば、爆弾でも持ち出して部屋を破壊しないとも限らない。 「うん」 少しして満足したのか、カトレアは小走りでアークの隣に戻る。 「レインドフ家にももっと花欲しい?」 カトレアは花が好きだ。レインドフ家の庭にも沢山の花はあるが、此処には及ばない。花の手入れは大半をアークとカトレアがやっている。 「あったら綺麗、だとは思うけど。沢山あっても手入れいき届かないから……」 「まぁ確かに」 レインドフ家の敷地面積は広い。主一人、執事一人、メイド二人で全てを管理するのは簡単ではないだろう。 「まぁ次雇うとしたら料理人がいいって俺は決めている。……誰か料理人で俺がうっかり殺さない奴いないだろうか」 「ヒースか、お姉ちゃんに聞いたら?」 「……まともな返答が返ってこなさそうだから云ってない」 毒料理を素で作る料理人が雇われそうだ、と。 「まぁ否定はしないかな」 「だろ?」 「うん。それにしてもお姉ちゃんは、私が屋敷に一人でいるより主と一緒にいた方が安心だと思っているのだね」 「そりゃ、その方が安全だろ」 [*前] | [次#] TOP |