X ヴィオラは血の匂いで埋め尽くされた通路を進み、奥への扉を開ける。他の扉より頑丈なのは万が一魔物が脱走しても此方側へは来られないようにするため、だろう。 魔力を狙う魔物がいると思って扉を開けたヴィオラだったが、そこは広い、何もない空間だった。四方を壁が覆っているだけで、机すらない。 けれど――まるで待っていたよと言わんばかりにただ一人、そこにいた。 「……この研究所に侵入出来る輩なんて、いないと思っていたよ」 気だるそうに、その男は口を開く。おおよそ研究者らしくない風貌だった。膝までの茶色いロングコートに、コートとよりは短いが、普通より長い青緑色のマフラーを左側で垂らしている。全体的に緩くゆったりとした衣装に身を包み、茶色の髪は短く切り揃えられているが、両サイドだけみつあみにされていて僅かに長い。後頭部にはカチューシャをしてある。琥珀色の瞳がヴィオラを見据える。 「まぁでもあんたが侵入したのは二回目か」 眠たそうに欠伸を男はする。 「……!?」 「二回目だろ? 最初侵入した時は内部までは入らなかったみたいだけど」 ばれていた、ヴィオラはトランプを取り出し何時でも攻撃できるように態勢を整える。 「あんたさぁ……聞きたいことがあるんだよね。だから態々待っていたわけだし」 「聞きたいこと?」 「あぁ、そう。ひょっとしてあんた――“魔術師”なんじゃねぇの?」 ヴィオラの手からトランプはなくなっていた。トランプは鋭い弓矢のように標的に向かって投擲されていた。男はホルスターから拳銃を取り出す。改造してあるのか、その拳銃の種類をヴィオラは見たことがなかった。少なくとも量産品ではない。 トランプを交わした男に対して、ヴィオラは六枚のトランプを一斉に投げる。一斉に投げられたはずなのに途中でそれぞれ、行くべき場所があるとばかりに地面に落下する場所は別だった。それは六方星を描く。 ヴィオラは手で印を切るようにすると、トランプが落下した場所を中心に、その内側が爆発した。爆発が止むとしかしその中心には男が無傷で立っていた。咄嗟に結界を張って回避したのだろう。ヴィオラは舌打ちをする。爆音がしても誰も現れない所を見ると、近くに仲間はいないのだろう。 「なぁ。質問に答えてもらっていないんだけど? どう考えたってあんたは魔族じゃない、けど――最初に侵入した時、魔石の輝きは見えなかった」 「……そうかよ、そういうことかよ」 魔力を狙う魔物から感じ取った違和感はしかし、そんな可能性はないと首を振って否定したかった。けれどそれらは一つの可能性として線が繋がる。 「どうして此処にいる! ――どうしてこの世界にいる!!」 ヴィオラは叫びとともに、しかし返答を求めていないのか無数のトランプが投擲される。 [*前] | [次#] TOP |