零の旋律 | ナノ

始末屋依頼


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「殺して下さい――夫を」

 レインドフ家の応接室で、妙齢の女性が真剣な口調で依頼をしていた。
 清楚なワンピースに身を包み、茶色の髪は肩まで伸ばしてある。紫色の瞳が真剣にアークを凝視している。
 応接室にいるのはアークとその女性のみ。
 カサネ・アザレアの依頼を受けた数日後、アークの元へ舞ってきた依頼。依頼主の名はアゼリカ・モーテル。依頼内容はジャリス・モーテルの殺害。夫の殺害だった。

「ふーん、まぁ構わないよ」
「有難うございます。報酬は……?」
「前払いでいくらか、別にむずかしい依頼でもなさそうだからそこまで依頼料をとるつもりはない。成功報酬にまこれくらいだ」

 金額を告げる。

「わかりました」
「まぁ前払いは適当でいい。成功報酬は依頼の難易度によって多少前後する」
「まぁ、夫の殺害はそこまで難しいことじゃないと思います」
「ん」

 理由は問わない。理由を必要とする依頼でもない。
 アークは普通の依頼に今すぐ仕事に向かいたい衝動に襲われるが、まだ受け付けている最中と抑える。

「可能なら私はそばにいて、経過を見ていたいのですが」
「別に構わないよ」

 アゼリカと行動を共にする必要があるかとアークは立ち上がる。

「じゃあ、怱々に行くぞ」
「有難うございます。長く家を空けている事が知れたら困るので」

 早急に動いてもらえるのはアゼリカにとって有難かった。

 応接室を出ると、ヒースリアがいなかった。

「あれ? ちょっとカトレア、ヒースは?」

 近くて掃除をしていたカトレアに話しかける。普段なら外で待っているヒースリアの姿がなかった。
 依頼人の姿を見かけると、少し畏まったようになりながら口を開く。

「ヒースなら、主が前に……頼んだものをとりに行きましたよ」
「……何頼んだっけ」
「書類用の本棚……」
「あぁ、忘れていた」

 数週間前に書類を整理する本棚がそろそろ満員になると見込んだアークは、お得意先の道具屋に電話をして特注の本棚を注文していた。勿論普通の道具屋ではない。

「あれって今日だっけ」
「そうみたいです……」

 戻ってきたら散々文句を言われた挙句、給料の値上がりを要求されそうだと、その光景が嫌でも目に浮かぶ。あの執事には容赦も遠慮も情けもない。

「主―私ちょっとヒースの援護……じゃなくて荷物取りにいくの手伝う事になったんで、カトレアと一緒にいてもらえますかー?」

 そこに、リアトリスの声が聞こえる。声だけ、ということは何処から叫んでいるのだろう。

「構わないが、是から俺は仕事だぞ?」

 叫び返す。リアトリスはカトレアが危険に巻き込まれる事を嫌っている。カトレアを誰よりも愛しているからこそ。

「カトレアに怪我をさせたら主の部屋がなくなっていると思えー!」
「よし、カトレアいくか」

 了承の合図が来たので、カトレアに声をかけると、コクンと頷き箒を邪魔にならない場所に置き、アークの隣に――アゼリカから恥ずかしそうに離れながら並ぶ。
 目的地は此処から馬車で小一時間程先になる村。


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