零の旋律 | ナノ

海賊襲来


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 ――あぁ、本当にうざったい。
 ラディカルは海賊の船長になるため、現存する海賊の船長を殺して取って代わろうと考えていた。
 その為、海賊船に忍び込んだまでは良かった。
 しかし、そこでラディカルはあるモノを目にしてしまう。
 その瞬間、オレンジ色の瞳が凍てつく光る。
 ――あぁ、本当に下らない。望んでも手に入らないとわかっているなら、最初から望まなければいいものを。手を伸ばして手を伸ばしてそれで傷つけるのだから。
 ラディカルは背中のベルトで留めている大ぶりのナイフを右手で掴む。
 この海賊船に用はない。仮に船長に成れたとしても、そんなもの自分から願い下げだった。
 薄暗い船内を、夜目が利くのか何処にもぶつからず的確に階段を上って行く。
 地下から出る古ぼけた扉の前に立ち、ゆっくりと元は金色だっただろうドアノブに手をかけ回す。
 ガチャリとする音とともに、薄暗い船内から一片甲板に出ると眩しい太陽の光が燦々としている。
 思わずラディカルは目を細める。
 そしてラディカル――見知らぬ人が甲板に出てきた事に海賊たちは気がつき武器を其々構える。

「……悪人面だな」

 ラディカルの瞳は凍てついている。怒りを押し殺したその瞳。
 それでも、ラディカルは冷静だった。船長を殺すだけではない、この海賊船をなかったことにする。そう心に決めた。ならば怒りで我を忘れる事は得策じゃない。
 海賊が襲いかかってくる前にラディカルは勢いよくお辞儀するように前へ身体を屈ませ大ぶりのナイフを取り出し、その勢いを利用してナイフを回転させ投げる。

「――!?」

 ナイフは的確に海賊の身体を切り裂く。

「そりゃ、あの始末屋のお兄さん程、俺は強くないかもしれないが、是でも修羅場は幾つもかいくぐってきてんだ」

 自分自身に言い聞かせる呪文のよう。

「無力だったあの頃とは違う」

 過去と決別するつもりはない、けれど過去の自分とは違う、と。
 ナイフが血に染まり自分の手元に戻ってくる。そのまま左手で二刀目のナイフを取り出し身体を捻らせ投擲する。交互に繰り出すナイフは生きているかのように、ラディカルの思いのままに動く。

「おい! 全員集めろ!!」

 船長らしき人物が叫ぶ。ただの不法侵入者じゃないと判断してだ。
 ラディカルは知らず知らずのうちに唇を舌で舐める。
 ――今さら遅い!

「ははは、海賊ってこんなものかよ!」

 笑う。笑う。笑いが止められない。
 木片が血に染まる。血に染まればどれだけ綺麗にふき取った処で血は消えない。一度手が血に染まってしまえばその血を消すことは出来ない。血の痕として痕跡を残し続ける。
 ラディカルの真っ赤な髪に血しぶきがかかる。ナイフを交わして自分の元までやってきた船員に対して、握っている方のナイフで喉元を切り裂いたからだ。相手を殺す時は可能なら一撃で殺す、ラディカルが相手を殺すさいのポリシーだった。例えどれ程、嫌いな相手でも、恨み憎んだ相手でも。
 あっという間にラディカルが殺戮する場へ海賊船は変貌する。瞬く間の出来事、と思える程の時間でラディカルは屍の上に立っていた。
 髪から血が流れる。返り血だ、自身の怪我は殆ど負っていない。
 オレンジ色の瞳は何も映したくないかのように、人族を見据えながら人族を見ていない。

「たく、胸糞悪い」

 八つ当たりするように、ナイフを壁に突き刺す。

「おい、お前ら終わったから出てきたらどうだ?」

 声をかけると、ラディカルが出てきた扉から二人の少年が現れる。手足はやせ細っている。碌な食べ物が与えられていなかった証拠。胸が痛む。

「大丈夫か?」
「……」
「……」

 二人の少年の髪はくすみ、身体は土に汚れているが、瞳はそれら全てを消し去る程美しい金色の瞳だった。
 この海賊船は魔族を捕えている。そのことに忍び込んでからラディカルは気がついた。
 だからこそ、海賊船の人族をラディカルは皆殺しにした。
 少年に対する扱い方など、二人の姿を見れば一目瞭然。魔族の少年は返答に困り、黙っている。ルキの時と同じ、戸惑っているのだ。

「俺の事は気にしなくていいよ。偶々俺は海賊になりたくてこの海賊船に忍び込んだだけだし」

 忍び込んで良かった、と今は思っている。そうでなければ魔族に出会う事はなかった。

「……お兄ちゃんは何故、僕たちを助けたの?」

 お兄ちゃんは『人族』でしょ? と問いかけられている。
 ラディカルは困ったように、髪の毛をかく。何と答えるべきか。

「俺にも色々あるのさ。さて、少年らは此処から逃げる事は可能? それとも俺が勝手に助けたのは迷惑だったか? 助けた、なんて奢った云い方で悪いけど」
「ううん。有難う」
「お兄ちゃんが人族であれ、なんであったとしても助けてくれた事には変わりないから」
「僕らは魔族の集落に逃げるよ」
「移動は大丈夫」

 少年らは交互に話し、ラディカルに大丈夫だと伝える。

「そっか、なら良かった」

 満面の笑み、まではいかないが、にっこりとほほ笑むその笑みには優しさが込められていた。

「じゃあな、少年ら」

 これ以上この場にいない方がいいだろうと判断したラディカルは躊躇なく海に飛び込む。

「――!?」
「あのお兄ちゃん海に飛び込んだよ!? 此処からどれだけ港まで距離があると思って……」
「……まさか」
「まさかあのお兄ちゃん――」

 お互いに顔を見合わせる。その表情は驚愕と戸惑いを如実に表していた。


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