零の旋律 | ナノ

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 ヴィオラは城下町へ戻る。もう少し帝国についての情報が必要だと判断したヴィオラは周辺を見渡す。出来るだけ上流階級の人族がいいと物色していた時、見るからに豪華な衣装を纏い、贅沢な食を送っているのだろうその身体はやや太り気味、何より周りには護衛をつけている女性を発見する。年の頃合い四十代中ごろだろう。
 ヴィオラは気がつかれないようにそっと背後にまわり、何かを拾う振りをして地面に手をつける。そして女性の背後を軽く触る――冬だというのに、暑い毛皮があるからか、肩を露出している部分に。

「すみません、ハンカチ落としましたよ」

 護衛はヴィオラから敵意を感じなかったから最初から反応しなかった。必要以上のことで騒ぐなと女性に命令されていたからだ。
 女性は怪訝そうに眉を顰め振り返る。見たことのない、光加減では紫にも水色にも見える独特の髪を持つ青年が底には優美に立っていた。手には猫をモチーフにした白いハンカチが握られている。

「私のじゃないわ」
「そうでしたか、すみません」

 ヴィオラは人懐っこい笑みを浮かべたまま、白いハンカチを右側のポケットにしまい、反対のポケットから薄水色に水仙の絵柄が描きこまれたハンカチを差し出す。

「では、此方を差し上げしょう」
「何故かしら」
「だって、奥様はとても悲しそうな顔をしているもので、余計なお世話かと思ったのですが」
「っ……誰にもばれたことがないのに、なんで貴方に見抜かれるのかしら」

 女性は護衛に聞こえないよう小声で問う。ヴィオラの言葉が真実だったからだ。誰も自分の悲しみをわかってくれる人はいなかった、誰も気がつかなかった。それなのに初対面のこの青年は一発で気がついた。

「瞳、ですよ。貴方の瞳が不釣り合いに悲しみで満ちていたもので」
「……ねえ、少しお茶しない? 私の悲しみはハンカチ程度では抑えきれないの」
「私で良ければ、どんなお話だって聞きますよ。聞くことで楽になることもあるでしょうから、でもすみません私は二時間後に予定があるのでそれまでになりますが宜しいですか?」
「それだけしかないのは残念だけど、いいわ」

 女性に誘われヴィオラは女性の屋敷に招かれた。
 内心では悪人すら裸足で逃げ出しそうな程の笑みを浮かべながら、表面では優しい好青年を演じる。
 ヴィオラはその女性を第二の情報源に選んだのだ。
 勿論最初からハンカチは落ちていない。自分で二つ持っていた片方を落ちていたように見せかけて拾った。そして女性に声をかける。後は女性がかけて欲しい言葉を選んで巧みにより一層会話が自然に出来るように持っていく。全て計算のうちだった。それが、詐欺師と呼ばれるヴィオラの手腕。
 ヴィオラは一通り情報収集を済ませた後、城周辺の地理を事前に脳内に叩き込んでおくため、軍人にばれないようにしながら回る。
 裏路地もチェックしようと入った時だ、気配を感じて振り返ると、そこには見知らぬ男女がいた。敵意は感じない。雪に紛れるかのような雰囲気はしかし、存在感をしっかりと現していた。


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