V 「それでは、またいつか出会うことがあったらその時も一緒に飲みましょう」 「あぁ、そうだな。じゃあな」 ヴィオラとは反対方向にオエニスは覚束ない足取りで去って行った。 「(本当にあの男、どんだけ酔っても仕事の話は一切しなかったな)」 ヴィオラはその様子を覚めた瞳で――愛想の欠片もなく、オニエスの背中を見た。 「(まあ、例えどんなに口を噤んだ所で、俺には“意味がない”ことだがな)」 爪先から冷えてきた手を見て、ヴィオラは手袋をはめた。その時、雪国では珍しくない――しかしリヴェルア王国では珍しい雪が降ってきた。 ヴィオラには明確な目的地があるのか、雪の中を歩きだす。 雪で視界が悪くなってくる中、ヴィオラは眼前に広がる巨大な建物を眺めていた。周りに警備員の姿はどこにもない。外側の警備は手薄でも、中は蟻のはい出る透き間もないだろう。 ヴィオラは静かに一歩一歩足を踏み入れようとするところで、足を止める。 「成程」 僅かに手を伸ばすが、伸ばしきる前に手を中途半端に留める。これ以上は触れてはいけない、本能がそう告げる。 「結界か」 外の警備が手薄な理由は結界にあった。無理矢理破れば、警報が鳴り直ちに警備員が武装して飛んで来るだろう。かといって不用意に触れれば同じこと。 ヴィオラは周囲に人がいないのを確認してから、手を前にやり指で文字を描くように滑らかに動かす。 指で描いた部分からは沫のような青い発光した文字が浮かび上がって、一つの文章を作るように繋がっていく。ヴィオラの周りに文字が一回転した所で術の発動を止め、結界の中へ足を踏み入れる。 結界を破ることなく侵入したヴィオラは人目につかないように建物内への侵入を試みる。ヴィオラの周りを覆っていた術はやがて消え去る。手には見つかった時ようの為にトランプを握っている。薄暗い回廊を進むと扉があった。扉に手をかけゆっくりと取ってを引こうとした時――全身に嫌な悪寒が迸る。 「っ――!」 殺気を感じたわけでもない、何でもないのにこれ以上踏み入れてはいけないと警鐘が鳴り響く。 少なくとも一人で侵入してはいけない。せめて仲間がいないと、ヴィオラは直感で判断する。侵入するにはまだ情報が少なすぎる、もっと情報を集める必要がある、ヴィオラはゆっくりと汗ばんだ手を離す。 直感に従って、元来た道を引き返すことにした。結界の前では出る時と同じように術を使ってすり抜ける。 ヴィオラが誰もいないと判断した周辺に、壁に隠れて一人の人物が佇んでいた。そして、その人物は遠目からでもはっきりと見てしまった――ヴィオラが使った魔導には、魔石が輝いた痕跡がないことに。 [*前] | [次#] TOP |