零の旋律 | ナノ

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 酒場は空席も多少はあるが、殆どの席には人が座り盛り上がりを見せている。その光景の中でヴィオラは品定めをするように見渡し、一人で飲んでいる――且つ多少仕事で地位が高そうな男に目をつける。その席へ向かい、正面に向かい合うように勝手に座る。

「あ? 誰だお前」

 突然一人で飲んでいたところに、身も知らぬ若い男がやってくれば怪訝に思うのも当然だ。

「俺ヴィオラっていいます」

 一瞬で普段の顔から愛想の良い人懐っこい猫のような笑顔を作り出す。

「酒が飲みたくなったんで、酒場に来たんですが……一人で飲むのは寂しくて。勿論迷惑なら離れますが」
「構わないさ、しゃべる相手がいなくて退屈していたところだ」
「有難うございます。……すみませーん、ビール二杯」

 愛想良く笑顔を浮かべた後、店員に向かってビールを注文する。
 ヴィオラは一旦立ち上がり室内は暑いと羽織っていた厚手のコートを脱ぎ、椅子にかける。その際白い手袋も外しコートのポケットに仕舞った。程なく出てきたビール二杯のうち一杯を相手に渡す。

「お礼、ということで」
「ははは、気前いい兄ちゃんだ」
「ヴィオラです、宜しく」

 そっと手をさし伸ばす。

「俺はオエニスだ」

 差し伸ばした手をオエニスと名乗った男性が掴む。年の頃合い三十代中ごろ、中肉中背の体系、程よく出来あがっているのか機嫌が良かった。ヴィオラはビールを一気飲みする。その飲みっぷりにオエニスが感心したところで、ヴィオラは二杯目を注文した。

「ヴィオラは酒に強いのか?」
「えぇ、結構強いですよ」

 ヴィオラはいくらアルコール度数の高い酒を飲んでも、酔ったことはない。大丈夫だと言う範囲を決めて飲んでいるのもあるが、それでもヴィオラは酒に強かった。

「ほほう、普段は何をしているんだ?」
「普段は……自宅で魔導の研究をしています。行き詰った時は酒を飲みに来ると気分が爽快して、いいアイディアが生まれそうになるんですよね」

 聞いてもいないことまで、ヴィオラは先手を打って喋る。そうすることで相手も同じように応えてくれると――判断して。

「オエニスさんは何をしているんですか?」
「俺か? 俺も研究者やっているんだよ」
「そうなんですか! 奇遇ですね」

 本当は奇遇ではない、ヴィオラは男が話を合わせやすいように態と、自宅で魔導の研究をしていると嘘をついたのだ。最も魔導を扱えるヴィオラは、嘘がばれない程度の知識と実力を保有している。
 男のことを知って、近づいたわけではなかったが――いい情報源に出会ったと心の中でほくそ笑む。

「あぁ、俺もびっくりしたよ」
「オエニスさんも自宅で研究ですか?」
「いや、俺は国の研究施設で働いているよ」
「どんなことを?」
「おおっと、流石にそれは企業秘密だからなーんにも教えられないぞ」
「あ、それもそうでしたね。すみません、余計なことまで聞いてしまって」
「いや、いいさ。それ以外ならどどーんとこい、だけどな」
「では、そうしましょうか」

 二時間以上に渡ってヴィオラとオエニスは日常的なこと、日ごろの鬱憤などを話で盛り上がった。
 殆どオエニスができあがっている頃、会計を済ますことにした。ヴィオラは出会えた記念にとやはり人懐っこい、裏がなさそうな表情でオエニスの分も纏めて支払った。
 二時間以上ぶりに出た外の空気はひんやりとしていて、酔いも寒さで吹っ飛ぶようだ。最もヴィオラは全く酔っていないのだが。


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