零の旋律 | ナノ

詐欺師調査


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 一年の大半が冬であるイ・ラルト帝国へ侵入するために、彼は木々を駆け抜け地面に痕跡が残らないようにする。しかし、枝に積もった雪は木をつけて進もうにも地面に落下してしまう。普通に歩いている分であれば、微々たる雪の量や痕跡の違いには気がつかれないだろうが、周囲を注意深く観察していれば一発でばれる。枝に積もっているはずの雪の量が少ないことに。それを承知の上でヴィオラは木々を駆け抜ける。雪が降り積もれば足跡の痕跡も雪で隠されてしまうが、それは雪が降らない限りは残り続けるという危険性もはらんでいる。迂闊に目立った痕跡を残すわけにはいかなかった。

「……あの時の魔物は」

 ヴィオラは魔石――魔力に反応する魔物の存在を詳しく調べるために帝国へ侵入しようとしていた。
 魔族の隷属である魔物が反旗を翻すことはあり得ない。何か別の嫌な予感が体中にまとわりついて仕方がなかった。
 イ・ラルト帝国の城下町であるイ・リエストアに入る。そこでヴィオラは白い息を吐きながらほっとする。此処までは無事にたどり着けた、と。
 本来なら観光客として正式な手続きを踏んでいれば問題はなかったが、それをヴィオラはしなかった。誰にも足をつけないためだ――勿論妹であるシャーロアが帝国に万が一やってきても情報を入手されないように最新の注意を払っている。今のヴィオラは魔導で髪を黒く染めている。
 自由に一方的にだが行き来が出来たアルベルズ王国とは違う。大陸を海が隔ててリヴェルア王国とイ・ラルト帝国の国境がある。そこで観光客としての手続き、もしくはリヴェルア王国から発行される入国書が必要であった。表面上は友好国として振舞っているが裏ではいくつもの策が飛び交いあい、隙を見せた瞬間友好国は一変して牙をむくだろう。そんな雰囲気をヴィオラは感じ取っている。

「それにしても寒い」

 普段、温暖な気候で過ごせるリヴェルアとは違い、イ・ラルト帝国は雪国だ、温かいダウンコートを着ているとは言え、身体が芯から冷える。ヴィオラはポケットに仕舞っている白い手袋を取り出し嵌める。温まる目的の手袋ではなかったが、冷気に当たっているよりはましだと判断した。

「まあ仕方ないよな」

 手袋をした手を見、目を瞑ってからある方法が使えなくなることを諦める。
 イ・リエストアは城下町だけあって人々が賑わっている。観光客も見える。観光客とイ・リエストアの住民かそうでないかはすぐに見当がついた。なぜならば服装が違う。観光客は何処か薄着で寒そうにしながら進んでいた。リヴェルアで想像する寒さと実際に体験する寒さにはかなりの差がある。それ故に、リヴェルアの観光客は大体これくらい着込めばいいだろうと判断し、結果後悔をする羽目になる。

「さて、どうするな」

 手っ取り早いのは酒場に言って酔っ払い達を適当に言いくるめて情報を入手することだろうと判断し、足取りは真っ直ぐ酒場に向かう。
 酒場は外の空気とは一変熱気が漂っている。喧騒もあり、グラスとグラスが交わる音が響く。酒場は地下にあり、一歩一歩緩やかな階段を下りていく。


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