零の旋律 | ナノ

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 アークは例えば親しい人族が、実は魔族の血を引いていたと告白しても眉を動かすくらいは驚いても、そこに軽蔑や侮蔑――騙されていたことに対する裏切りの意識は全く芽生えず、普段と変わらず接するだろう。

「まあ、死んだ奴にとどめを刺すような真似はしないし、よし」

 ヴィオラが逃げる隙を作る前に、アークがヴィオラの前だけ長い髪を掴んだ。

「は!? 何を」
「逃げようとしたらお前の髪が禿げるから」
「……」

 先手を打たれたヴィオラは項垂れながら渋々アークの歩調に合わせて歩き出す。

「ヴィオラ、私は帰るわ。街に出向く必要はないし」
「わかった」

 魔族であることを隠そうとしないホクシアにとって、街は一目につき煩わしかった。だからといって魔族であることを隠そうと――瞳を隠したりはしない。
かといって魔族であることを隠そうとする人たちを侮蔑するつもりはない。人の選ぶ生き方は人それぞれだと思っているからだ。

 シャーロアの自宅へ到着するまで、ヴィオラはずっと髪の毛を掴まれたままだった。離された瞬間逃げようとしていた魂胆はお見通しだったらしい。道中、街ゆく人々から奇異の視線を向けられる。青年が青年の髪の毛を引っ張って歩くと言う光景を――しかも何か理由があると思わせないほど堂々と歩いていれば、当然と言えば当然だろう。

「シャーロア、お土産だ」

 アークはシャーロア達の買い物は終わっていると確信してから扉を二回ノックし、返事を待たずして扉を開ける。

「お土産って……お兄ちゃん!」

 電光石火のごとく、シャーロアはヴィオラの姿に反応する。此処まで来れば逃げることもないとアークは判断し、髪の毛を引っ張り――バランスを崩したヴィオラはアークより僅かに前に出る。そのままアークはヴィオラの背中を押す。シャーロアはヴィオラに抱きついた。

「お兄ちゃん、何処に言っていたの!」

 もう二度と離さないと誓うかの如く、力の限りシャーロアはヴィオラを抱きしめていた。

「うっ……色々と各地を放浪していたんだよ」

 心配そうな面持ちで上目遣いをされるとヴィオラは弱かった。

「急にいなくなるから、心配していたのに一向にお兄ちゃんの足取りを掴めないから……」
「悪かった、悪かった」

 シャーロアの頭をヴィオラは手袋をしたままの手で優しく撫でる。
 その光景をカトレアは慈愛に満ちた瞳で眺めていた。リアトリスはシャーロアとヴィオラの邪魔をしないようにアークの元へ近づく。

「何があったかよくわからないんですけどー主説明お願いします」
「シャーロアは元々兄を探すために情報屋をやっていたんだよ」

 アークはヴィオラに出会えたことを心から喜ぶシャーロアを見て確信した。
 情報屋らしくない情報屋。それはヴィオラを探すことを目的とした情報屋だったからだ。それであれば、情報屋らしかぬ言動にも説明がついた。最も中には情報屋らしくなくとも、情報屋一筋の人族がいないわけでもないのだろう。

「成程。それでですか」
「あぁ。で、俺は兄を見つけたから連行してきた」
「無理矢理ですか」
「無理矢理じゃないとヴィオラは逃走する気まんまんだったからな」
「私からしたら例えどんな理由があったとしても妹から離れるなんて許せませんけどねー」
「リアはカトレア至上主義だもんなぁ」
「私は、カトレアだけいればいいんです。カトレアが生きていてくれればいいんですよ」
「リアらしい」
「えへへ、カトレアー」

 ヴィオラとシャーロアのやりとりを見ていたら、カトレアを恋しくなったリアトリスは抱きついた。優しい温もり、生きている感触。カトレアが生きていてくれれば、それだけでリアトリスは幸せだった。カトレアのためなら、何だってやる。それがリアトリスの決意。


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