零の旋律 | ナノ

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「ああ。ラケナリア程度、そもそもホクシア一人で充分だろ」
「そうね、油断は禁物だけど」
「油断したってホクシアなら問題ない」

 ヴィオラはホクシアの実力を信頼しているからこその言葉。ホクシアは刀を持ち歩いていない。ホクシアが刀を持ち歩くのは一人で行動する時だけで、滅多なことがない限り複数で行動する時に刀は持たない主義だった。雷属性の魔法を指で円を描くようにして魔法を発動させる。雷は寸分の狂いもなく、ラケナリアに直撃する。雷が身体を迸り、ラケナリアは地面に倒れる。

「全く」

 ホクシアがヴィオラに向ける視線は、実の弟に向けるような穏やかだった。
 アークはヴィオラのトランプを一枚投げて使いきってしまった後は、取りに行くことはせずに、ラケナリアが所持していた斧を手に振り回す。斧の力に振り回されることなく、軸をしっかりと保ち勢いをつけて振るう威力は絶大で食らえばひとたまりもない。 ラケナリアが真っ赤な血しぶきを上げ、アークに血が被るが、それすら凄惨なる微笑みをさらに強めるだけ。
 湖畔の色に赤が混じり、それは水で薄められ元の色に近い色に戻される。波打つ色は徐々に色を無くしていく。
 ラケナリアのボスであろう人物が両腕からおびただしい血を流しながらアーク・レインドフに問う。

「何故、人族が魔族の味方をする! 魔族は人族を殺すんだぞ」
「古の盟約を忘れた人族が何をほざく」

 アークではない、ホクシアが答える。淡々と、感情を押し殺した声色で。

「魔族は確かに人族を殺す、けれど――そもそもの発端はお前らが魔族を殺したからだろう、魔族の血を抜き取り、魔石を作り出し、人族が許容された範囲を超越し何を望む」

 空気を凍らせるほど、冷え冷えとした風が流れる。

「人族が魔族に対して仕出かしたことを忘れたのか」

 ホクシアが告げる最終通告。

「魔族とてお前らは俺たちを殺したんだろが!」

 ラケナリアの叫びと同時に、ラケナリアの身体は凍りつき脆く砕け散る。

「お前らは繰り返しただけだろうが」
「ヴィオラ、私が止めを刺したのに」

 ラケナリアに終止符を打ったのはホクシアでもアークでもない。今まで傍観していただけのヴィオラだ。
 ヴィオラのピアスは僅かに青白い光を放っていた。それもすぐに消え去る。

「ホクシアが止めを刺す必要はないと判断したからだ」

 ヴィオラの視線はラケナリアに対して冷たく、止めを刺した氷より冷え切っている。

「そう、ヴィオラが判断したのなら構わないけど」
「いや、俺としては構う。人の獲物を横取りしないでくれ」
「アーク、別にお前の依頼には支障はないのだろう?」
「そりゃあそうだが、心境的な問題だ」
「お前は仕事をしない方が世界は平和になる」
「例えそうだったとしても俺は仕事を辞めるつもりは全くないけどな」
「本当に世も末だ」

 アークとヴィオラの会話を、何処となくホクシアは不思議な気持ちで眺める。ヴィオラは人族に対しては社交辞令じみた笑みを浮かべ、友好的な雰囲気で相手と接する。しかしアークに対しては自分たちに接するような態度――素で接していた。
 それをホクシアは自分と同じだと判断した。例えアークが人族も魔族も依頼があれば殺す人物であろうと、依頼がない限りは人族も魔族に対しても偏見の眼差しを持っていないからだと。


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