V 「もっとどうせなら徹底的に甚振ってもらった方が私としては心良いことこの上ないのですが」 アークの元手近づき、アークの顔がよく見えるように屈む。その為、ラケナリアには背を向ける形となった。 「例えば、傷口を抉るとかどうでしょう」 「止めろ!」 「しかし、他人に甚振ってもらっても私が甚振れないのなら嬉しさ半減ですね」 「てめっ! 本当に性格最悪だな」 「いえいえ、私を雇った主には足元にも及びませんよ」 「……あのな」 「それに、ですね」 ヒースリアはアークから視線を外し、立ち上がりラケナリアを見据える。 ラケナリアはヒースリアも殺してしまおうと、狙いを定める。 「アークを殺すのは俺だ。他の誰かにアークを殺されてたまるかよ」 ヒースリアの口調が、纏う雰囲気が一変する。発砲音が同時に響くが、響いた時その場にヒースリアはいなかった。的に当たることのなかった銃弾は木に直撃する。 「他の誰かにアークが殺されるのは、我慢ならない」 「なっ!?」 ラケナリアが気配を察知して反応するより早く、ヒースリアは音もなく背後に回る。手にはマスケットに似た形状の銃が握られている。銀色の輝くそれで、ラケナリアに焦点を合わせる。 「ふざけるな!」 弾は心臓ではなく、左肩を貫通した。急所に命中しなかったのは、咄嗟にラケナリアが回避をしたからだ。しかし回避しきれることはなかった。 「(どういうことだ、何故――)」 ラケナリアに思考は許されない。ただの執事だと思っていた男が、自分より素早い動きで武器を構えているのだ。銃弾尽きるまで発砲を続けるが、銃で防御し悉くヒースリアは弾いた。 「だから、俺はお前を殺す」 本性の口調でヒースリアは告げる。アーク・レインドフを殺すのは他の誰でもない、自分だと。 どれだけアークを痛めつけようが、甚振ろうが構わない。むしろもっとやれと応援したいくらいだ。 けれど、殺されるのは御免だった。アークを殺す為に執事をやっているヒースリアからしたら、アークには生き残ってもらわなければならない、何時の日か殺す為に。あの日、理不尽に執事にならないかと誘われた日に誓った。 ヒースリアの銃弾が今度は心臓を貫通する。ラケナリアは地面に倒れる。コートを翻して銃を仕舞う。 「この程度の奴に、例えお前が三日三晩働いた後で瀕死だとしても殺られるんじゃねぇよ」 「それでお前不機嫌だったのか」 アークが殺されそうだったから、普段より機嫌が悪かった。獲物を横取りされたくはない。 「……あたり前だ。お前を殺すのは俺だ、他の誰にも殺させはしない」 「俺としても万全の状態でお前とは殺りあいたいよ」 「でしたら、その無様な姿を周囲に晒す前に、帰宅することですね。ああ勿論自業自得なんですから手は一切貸しませんよ」 普段の、口調だけ丁寧な執事へとヒースリアは戻る。 「肩くらい貸せよ」 「嫌ですよ。主の血に私の服が塗れるなんて最悪です。血ってとれないんですよ? 仮に主が血まみれじゃなかったとしても肩が触れ合うなんて鳥肌が立ちます」 思いっきり拒絶された。アークは苦笑いしながら痛みをこらえて立ち上がる。 「俺が怪我してリィハを呼ばなきゃいけないのは一体何年ぶりだ」 「さあ、主の怪我日記なんて付ける趣味はありませんから、知りません」 「つけていたら不気味だっての」 「でも、主を虐める内容候補日記ならつけています」 「リアトリスとか!?」 「ご名答です。偶には鋭いことも言えるのですね」 いつものやりとりをしながら、いつものように帰宅した。普段と違うのはアークが怪我をしていることだけ。 [*前] | [次#] TOP |