零の旋律 | ナノ

策士拒否


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 イ・ラルト帝国。それはリヴェルア王国、アルベルズ王国と並び世界ユリファスに存在する国だ。
 リヴェルア王国と並び広大な敷地面積を有すが、緩やかで安定した気候のリヴェルアとは違い、一年の大半が雪に包まれる雪国であった。
 カサネ・アザレアは第三王位継承者エレテリカの自室で、ファイリングしてある書類と睨めっこしている。
 現在、部屋の持ち主であるエレテリカは外出中だ。

「(……どう考えても、帝国の兵士があの場にいた、けれどあれから一週間以上もたっているのに音沙汰がないというのはどういうことだ)」

 もし、これがイ・ラルト帝国の侵略行為であるのなら、あの場だけ狙ったことに対する理由がつかなかった。あれ以降音沙汰は全くない。下手に公にしない方がいいとカサネは判断し、それを王に進言した。最も進言しなくても、王は同じ判断を下しただろう。何故ならカサネが進言した時、王もそれに同意したからだ。

「(ならば、帝国――帝王が直々に命令を下したわけではなく、一部の反乱分子がいたと仮定した方が早いか)」

 カサネ・アザレアは策士である。この国の誰よりも策を練ることに長けているだろう。
 その実力は王も認めているし、カサネのことを嫌っている第一王位継承者も認めている。
 けれど、帝国に関しては秘密情報が多く、中々カサネの望む情報を入手するのが難しかった。明らかな情報不足、けれど情報不足だからといって遅れをとるカサネではない。

「(……最近シオルを動かしすぎたし、これ以上シオルに動いてもらうのも目立つか、となるとレインドフを使うか、それとも)」

 カサネはシェーリオルの部屋から勝手に頂いてきたバスケットの中に入っているクッキーを食べながら思案する。その時、扉が開き、カサネが唯一頭を垂れる相手――エレテリカが帰宅した。

「お帰りなさい。王子」
「ただいま。一体何を見ているの?」
「祭典で襲撃してきた兵士たちについての報告書ですよ」
「成程」

 パタン、と両手でファイルを閉じ、丸いテーブルの上に置く。

「それよりも王子、シオルの焼いたクッキーでも食べませんか?」
「リーシェ兄さんが、焼いたはずのクッキーが部屋から消えているとか言っていたけど、犯人カサネだったんだ」
「ええ。飲み物を用意しますね、何がいいですか?」
「じゃあ、ダージリンで」
「少々お待ち下さい」

 笑顔で――エレテリカと一緒にいる時間が至福だと言わんばかりの足取りでカサネは、部屋に備え付けされている引き出しの中からダージリンを取り出し、お湯を沸かす。

「書類みていたけどいいの?」
「王子より大切な書類なんてありませんから、せいぜい暇つぶし程度ですよ」
「……カサネがいいならいいけど」
「いいんです」

 お湯が沸いたところで、ティータイムが始まった。カサネにとって安らげる時間。

「ねえ、カサネ。気分転換に街でも歩かない?」
「いいですね、では休憩したらいきましょうか」

 主であるエレテリカの案なら例え猫の手が借りたいほど忙しくても喜んで首を縦に振る。
 数十分後、カサネとエレテリカは王都の街を当てもなく歩いていた。そよ風が気持ちよい。
 カサネは王宮にいるときの恰好から、普段街を出歩く格好に着替えている。ボアのついたジャンバーを羽織その姿は何処から見ても少年で、街ゆく人々はそれが“あの”カサネ・アザレアだとは思いもしないだろう。エレテリカも、普段よりラフな格好に身を包んでいる。しかし素材の端々から高級品であることを匂わす。だからといって王族だと直結するわけではない。何処かの御子息だと思われる程度だ。エレテリカは公の場に王族として顔を出すことは少ない。シェーリオルとは違い、変装をしなくとも正体が露見する心配は余りなかった――最もシェーリオルは変装などしないが。


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