零の旋律 | ナノ

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「おい、レインドフ。勝手に人のサーべルを使うなよ……」
「丁度いい所にあったもので。それにしてもさすがリーシェ王子。手入れが行き届いている。刃こぼれ一つない」
「……俺が手入れをしているんじゃなくて、召使いたちが手入れをしているのかもしれないぞ?」
「まさか、リーシェは人にそんなことをやらせないタイプだろ? 自分でできることは他人にはやらせないだろ――違うか?」
「ご名答」

 アークはサーベルを差し出す。シェーリオルはそれを受け取って鞘に仕舞う前に、サーベルを一振りして血を払う。

「さて、戻るか? レインドフの目的は達成されたんだろ?」
「ああ、でもその前に」
「やることがありそうですね」
「?」

 アークが踏み台とした木とはまた別の――太く樹齢がある木の前に立つ。

「蹴飛ばしたら降ってくるかな?」
「着地に失敗したら無様で面白いですよね」

 アークが勢いよく木を蹴ろうとする――前に、無様にではなく華麗に一人の人物が着地する。

「は? まさかずっと潜んでいたのか?」

 この場に、自分たち以外誰もいないと思っていたシェーリオルは驚きを隠せない。何故なら、そんな気配はしなかった。

「ご名答。流石にリーシェは気がつかなかったか。まあ、気がついたらもうお前化け物かよっていいたくなるからいいんだけど」
「どんなだよ……」
「かなり高度に気配を隠していたから、気になってはいたんだよな。まあ――それがあんただとは思わなかったけど」

 全員の視線は、気配を隠してまでアーク達を見ていた人物に集まる。
 漆黒の髪は前だけが長く後ろは短い独特の切り方がされている。蒼い瞳は光加減で紫にも水色にも見えそうだ。白いロングコートに、渋い赤のワイシャツを着ていて、所々にはフリルがあしらってある。年の頃合い二十台前後。

「それはこっちの台詞。あんたがまさかレインドフだとは思わなかったよ。レインドフ相手じゃあ流石に気配を隠していてもばれるか」

 お手上げ、のようなポーズをとりながら表情は不敵だ。

「そしてそっちが魔導師と名高いシェーリオル王子様だとも思わなかったよ」
「何者だ?」

 シェーリオルが気配を察知できないほど高度に気配を隠せる人物、どう考えても只者ではなかった。最もシェーリオルとて、その人物に殺気があれば、あるいはもっと接近されれば気がつくことができた。しかしこの人物は常に一定以上の距離を開け、且つ殺気の類は一切なかった。

「詐欺師」

 アークが端的に答える。

「おい、ちょっと待て。どんな紹介だ」
「名前知らないし。詐欺をしていたんだから、詐欺師なのは事実なんだろ?」
「……ヴィオラだ。だから詐欺師呼びは止めろ」

 以前、ホクートに訪れた時にアークが出会った人物だった。土産物を頼まれていたアークは繁華街を彷徨っていた。その時に詐欺師――ヴィオラとは出会い。もう二度と会うとは思っていなかった。
 予想外の再会。アークはヴィオラの顔を初めて出会った時以前から、何かで似たような顔を見た気がした。しかし思い出せない。

「主、ついに詐欺師とのお知り合いになったということは、次は一体どんな犯罪者と知り合いになるおつもりで?」
「ついにって何だ、ついにって」
「いえ、主は犯罪者と仲良くなるのがお得意なようなのでつい」
「可愛く言うな、気色悪い」
「気分が悪いのを我慢してサービス精神旺盛で言って差し上げたのに、気色悪いとは失礼ですね」
「いらないサービス精神を発揮するな!」
「おい、漫才はいいからお前らの名前も教えろよ」

 長く続きそうないつものやりとりに終止符を打ったのはヴィオラだった。


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