零の旋律 | ナノ

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 アークが以前戦った二体の魔物が少年の傍にやってくる。少年は一度優しく額を撫でると嬉しそうに魔物は鳴く。少年は捕えられていた魔族の人たちを魔物の上にのせるが、十人近くの魔族を二体の魔物が運ぶのは厳しい。ホクシアはすぐに自分もニーディス家の建物に降り、三手に分ける。
 魔族が途中で落下しないようにホクシアは魔法を唱える。
 三体の魔物は空を羽ばたき、魔族を安全な場所まで移動させる。アークはそれを追うことはしないし、もとより海の上を飛ばれれば追う術はない。
 ホクシアと少年だけが嘗てニーディス家の建物だった瓦礫の上に立つ。ニーディス家にいた人族はホクシアと少年の手によって惨殺された。ホクシアは再び視線をアークに移動させ問う。

「何故、人族が襲われている時、貴方はただ黙っていたのかしら」

 魔族に非道な行いを行っていたから黙っていたわけではない事をホクシアは知っている。
 そんな情をアークは持っていないと。短期間しか接していないが、それでも理解出来た。アークの瞳は何も感じていない。魔族に対する怒りも、同情も、殺された人に対する憐れみも。

「レインドフ家は依頼以上の事はしない」
「成程」

 相手に同情もしない、相手の手助けもしない。だからこそホクシアはその回答に納得がいった。否、それ以外の回答なら納得しなかっただろう。

「で、貴方の依頼は何」

 ニーディス家、もしくは魔族に用がない限りアーク・レインドフは何時までもこの場に滞在していない。
 此処に滞在している、という事は用があるという事に繋がる。

「始末屋なのに始末屋としての仕事じゃないとかおかしな話だよな」
「どういうこと?」
「もし、魔族がニーディス家を襲うなら魔族の動向を――目的を探って来てほしいってのが今回の依頼だからだ」

 だからニーディス家を襲うこともしなかった。ホクシアに対して数度しか攻撃を仕掛けなかったし、その攻撃はどれも甘かった。殺すつもりが最初からなかった事に他ならない。最も魔物は殺したが。
 殺意を持ってきた相手に対し、殺意を返さないアークではない。ホクシアは殺意を向けた――相手はアークではない。人族そのものだ。

「ふーん、ならどうするの? 私をとらえて尋問でもしたいわけ?」
「それでも構わないが、正直面倒」
「……なら、どうするつもり」
「手っ取り早いのはお前の口から聞くことかな」

 そうすれば、何もする必要なくカサネ・アザレアからの依頼は終わる。
 魔族の目的を探るのは下手すれば暗殺依頼をされるより手間のかかることだった。
 ホクシア自ら、もしくは少年自ら目的を、魔族が活発化している理由を語ってくれればそれで良かった。

「……そんなもの人族に対する恨みがあるからに決まっているでしょ」
「そりゃ、当然だろうけれど。そんなの今さらだろ?」

 魔族への迫害は今に始まったことではない。何百年も前からずっと行われてきた。

「理由なんて色々ある。けれどこれ以上私たちを、この場所を穢すことは許さない」

 悠然と立ち、力強く答える。

「私たち魔族は貴方達人族に対して報復し続ける、全てを奪うまで」
「――アンタの目的は王宮に、退いては王族に対しても恨みは根深いか?」
「勿論。まだでも王宮には手を出さない。流石に警備も尋常じゃないでしょうから、まずは他の地盤から崩していくわ」

 目的を伝えた処で構わない。何に支障が出るわけでも目的がそれで変更されるわけでもない。

「成程な」
「魔族の力を舐めないこと」
「舐めるつもりはないさ」
「どうかしら、そのおかしな武器を使っている時点で私たちを舐めているとしか思えない」
「俺は、俺と同等の相手とじゃないと自分の武器は扱わない主義なんで」
「生意気」

 ホクシアはこれ以上話すことはないとアークに背を向け、海岸の方へ向かう。


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