零の旋律 | ナノ

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 その時、大空を雲――否、魔物が覆う。

「魔物だと!?」
「これほどの群れを魔物がなすなんて!? ま、魔族か?」

 人々の声は、魔物の登場と共に広がり、混乱を招く。護衛部隊の面々は一刻も早く避難させようと動く。

「全く、魔族が活発に活動している時期に祭典なんて、狙えといっているようなもの」
「そうは言うなよ、人族には人族の面子があるんだろ」
「そうね、まぁ私には関係のないこと」

 魔物を背に二人の魔族が人族を見下すように現れる。
 金髪の流れるような髪と、強固な意志が宿った瞳を併せ持つ、ゴシック調のドレスに身を包んだホクシアと、二十代後半と思しき容姿、何処か紳士の風格を漂わせる青年。
 ホクシアと青年がともに金の瞳で目配せをした瞬間、黄金に輝く円状の光とともに数名の魔族が現れる。
 年に一度の祭典は、あっと言う間に魔族と魔物に包囲される。
 魔族が炎属性の魔法を放つ。それは先刻シェーリオルが消し去ったのとは比べ物にならない威力の魔法だ。

「魔族が、これほど現れるとはな」

 シェーリオルの視線は、他の魔族よりも実力が高そうな二人に視線がいく。
 炎属性の魔法が龍のごとく襲いかかるが、シェーリオルの元へ届く直前、幾何学模様を彩った透明の結果によって相殺される。

「……何、あのきんぱ……!? それは!!」

 ホクシアの視線が、高度な術をいとも簡単に使った金髪の青年――シェーリオルへ向いた瞬間、ホクシアはある一点に捕らわれる。魔物の背に乗っているホクシアが、身を乗り出しすぎて落下しそうになるのを青年が両腕を掴み抑える。

「どうした、ホクシア」
「その魔石は!!」

 青年の言葉は耳に入っていない。冷静沈着なホクシアが取り乱していることに青年は瞳を丸くする。
 一方、その様子をシェーリオルは不思議そうに首を軽く傾げる。

「この魔石のこと?」
「返して! それはっ。私が探していた魔石!」

 ホクシアの言葉に木霊するように、雷の魔術がシェーリオルを襲う。シェーリオルは結界で弾く。

「私の大切な魔石っ!!」
「(……魔石の正体は)」

 必死に叫ぶ。青年がホクシアを取り押さえていなければ、ホクシアは落下しながらシェーリオルへ襲いかかっていただろう。シェーリオルへ襲いかかるのは、青年としても一向に構わない。ただ、無詠唱で、魔法を防ぐ実力は並大抵の魔導師ではない。その魔導師相手に、冷静さを欠いたホクシアが挑んでも怪我を負うだけだ。

「お前らがその魔石に触れるな! それは私の、私が探していた魔石っ」

 悲痛な叫び。髪を振り乱して、悲壮な瞳。

「……」

 魔石に対する想いは本物。嘘偽りない、心からの叫び。

「はい」

 シェーリオルはホクシアへ向けて何かを投げる。ホクシアは青年を振りほどき、投げられた物を受け止め、掌を見る。

「っ――!?」

 ホクシアは大切に握り締めながら、驚愕の瞳をシェーリオルへ向けた。

「大切なら、いいよ。返す」

 髪留めとして仕様していた、赤い二つの魔石はそこになかった。魔石は今、ホクシアの掌にある。

「なっ……」

 ホクシアは言葉も出ない。
 魔導師にとって、魔石は戦闘の要。魔導師にとって、魔石を失う事は、戦場で武器と防具を無くすことに等しい。無防備な姿を晒す輩など誰もいない――はずなのに、シェーリオルはいとも簡単に魔石を手放した。何の迷いも、躊躇もなく。


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