零の旋律 | ナノ

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 アークとヒースリアはカサネが指定した屋上で待機していた。祭典が一望できる場所は、暗殺や狙撃には最適な場所だ。最も――距離があるため、狙撃が得意な人物でなければ、動いている人物を狙撃するのは難しい。確実性を狙うのであれば、余程のてだれではない限りもっと近い場所から狙う。
 屋上は閑散としている。アークは暇つぶしにカサネから預かった拳銃をお手玉にするという危険極まりない事をして遊んでいる。ラディカルがいれば確実に突っ込みをしている風景。

「全く、私はのんびりとしていたかったのに、何故主の為に態々王都まで足を運ばなければならないのですか?」
「お前が王都に足を運ぶだろうことも、カサネにとっては織り込み済みだったんだろ?」
「そう思うと物凄く忌々しいですよね。主。折角ですからカサネの脳天に銃をぶち込んで下さいませんか?」

 平然と物騒なことを言うヒースリア。

「お前、俺がそれをやっとして――満足するのか?」
「いいえ全く。むしろ腹立たしいです」

 逆のことを平然と言う。アークは苦笑しながらもお手玉を止めない。

「我儘だな」
「主に対しては多大なる我儘をいったところで、迷惑がかかりませんからね」
「俺には迷惑かかるが」
「主はマゾですからいいのです」
「俺はマゾじゃない!」
「なんですと! 初耳です。ではマゾに目覚めるように是からも虐めて差し上げましょう」
「真顔で驚くな! そして止めろ!」

 さらりと述べるヒースリアにアークは怱々に諦める。口でいったところでヒースリアが納得することなどない。
 呑気な会話だけ聞いていれば、依頼中とは思えない光景だった。

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 シェーリオルは祭典会場の特設場所に優美に座っていた。否、本人は普通に座っているだけなのだが、その風貌からか、他の人から見れば優美にしか見えなかった。
 堅苦しい服装が嫌いなシェーリオルだが、流石に祭典ともなればそうは言っていられない。正式な場でまで着崩すほどの拘りもない。シェーリオルは周囲の空気を読むことに敏感だ。

「(さて、どう出てくる……)」

 カサネ・アザレアがシェーリオルだけではなく、アーク・レインドフ。そして恐らくはそれ以外も雇ってまでいる理由の推測をシェーリオルはつけていた。カサネは何も言わない。けれど察することは出来る。カサネはシェーリオルが察することまで予め策に加えている。
 過大評価だ、と時々シェーリオルは思う。カサネ・アザレア程、自分は策には長けていない。意思疎通が毎度滞りなく行われるとも限らないのだ。
 だが、一方でシェーリオルはカサネのその信頼が嬉しかった。

「(カサネが、自分の策で初めて――後悔をする時があったとしたら、きっとあの時何だろうな)」

 ふと、シェーリオルは昔のことを思い出す。数年前のことだ。

「(あの時、俺が――)」

 カサネ・アザレアと初めて出会った時のこと。協力してくれないかと開口一番、本性を見せてきたあの時の表情が今でも忘れられない。そして、自分が出した条件に見せた表情も。

「ふ、まぁ。俺はカサネの共犯者であって良かったと今でもこれからも思っているけど」

 誰にも聞こえない、風の音と成り消えゆく独り言。


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