零の旋律 | ナノ

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 そこまでアークは魔物退治するつもりはない。依頼を受けていないからだ。仮に誰かがこの場にやってきてアーク・レインドフに魔物退治を依頼したところで、アークは引き受けない。何故なら既にカサネ・アザレアからの依頼を受けているからだ。複数の依頼を同時に受けない、それは仕事の成功率や効率を下げる事に繋がるし、何より一つの事に集中することが叶わなくなる。

「……忌々しい」

 ホクシアの視線はアークにのみ集中している。アークが一人で多数の魔物を片付けた状況だからだ。油断は出来ない。今まで襲撃して来た相手の中でもアークは群を抜いて強い。

「……いいわ、私の目的はニーディス家。なんだから」

 これ以上魔物を呼び寄せた処でアークに勝てるとも限らない。不用意に魔物の数を減らすより、相手をしないで本来の目的を達成する方が効率的だと判断する。ホクシアは人族を恨んでいる、殺す事を厭わない。しかし、だからと言って我を忘れて不用意に挑む事もしない。状況を的確に見極める事が出来た。
 だからこそ、アーク・レインドフを相手にするよりも放置して目的を達成することをホクシアは選んだ。
 一方のアークも、ホクシアの行動が自分の依頼外なら気に留めることはしない。あくまで最優先すべき事は依頼を達成すること。それが例え始末屋としての依頼とは思えない内容でも、だ。
 漆黒の魔物が身体の位置を半回転させる。ホクシアの視線がアークからニーディス家へ移動した。
 ホクシアは手を掲げる。手の周辺には魔法陣が浮かび上がる。青白い閃光が瞬く間にニーディス家を包み込む。轟く雷鳴が、ニーディス家の建物だけを無残に破壊する。ニーディス家の建物だけが破壊された後には、人が残る。
 建物という障壁を無くされた人々は呆然とする。すぐさま現状に対抗しようと、銃を構え発砲する者は、銃弾がホクシアの前に届く前に粉々に銃弾は破壊され、ホクシアが放った風によって切り刻まれる。魔石で対抗しようと術を唱える者は術返しされ、自らに術が跳ね返ってくる。
 ホクシアの圧倒的な力の前に、ニーディス家の人々はなす術がない。圧倒的力の前に無力だった。
 そこに身なりのいい人物が片手に少年を捕まえ、もう片方の手はナイフを握り少年の首筋に当てている。少年は虚ろな金色の瞳で現状を理解しているのかすら定かではない。

「っ――!! 貴様ら人族はっ」

 ホクシアの瞳憤怒に彩られる。魔族の少年を、同胞を捕まえ、都合のいい道具として扱う人族が――憎い。
 ホクシアの周りに強い風が舞う。長い金髪が風に揺られるように蠢く。

「我ら魔族をどれ程侮辱すればきがすむっ」
「俺たちを攻撃したら、こいつらが死ぬぜ!? いいのか!?」

 瞳孔を見開き、ニーディス家当主は高笑いする。同胞が目の前にいれば手出し出来ないだろうと。
 だから、気がつかなかった。最初から魔族一人で来ていたものだと思ったから。肉眼で確認した時は既にホクシア一人しかいなかったことに。
 ニーディス家当主の身体は吹き飛ぶ。風穴をふかぶかと開けられ。
 魔族の少年はそのまま力なく倒れようとするのを、ホクシアと一緒にいた少年が抱きかかえる。

「大丈夫……?」

 返事はない。少年の後ろには他にもニーディス家によって捕まえられただろう老若男女数名がいる。

「ほー、魔族をこんなに捕えていたとは、凄いなぁニーディス家は」

 アークは感嘆する。唯でさえ個数の少ない魔族を十人近く捕えていたのだから。
 その全てが虚ろな瞳で焦点があっていない。何かされていたのは明明白白だった。だからこそ魔族が助けに来た。ニーディス家当主がピアスにしていた魔石を少年は粉々に砕く。

「こんなもの……人族に必要ない」

 呟く小さな声は誰にも聞こえない。


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