零の旋律 | ナノ

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「なぁ、そこの今にも死にそうな兄さんよ」
「何? そこの眼帯君」

 考えなければいけいことはあったが、彼らはそれを放棄し暇つぶしに会話を始める。
「眼帯君ねぇ、まぁ確かに俺は眼帯をしているけれど」
「じゃあいいじゃん。眼帯君で」

 片方の人物は何処か覇気がない。船酔いとも心労ともとれる。

「まぁいいか」

 最初眼帯君という呼び方に微妙な表情をしていたか、すぐにどうでも良くなったのか彼は気持ちを変える

「切り替え早っ」

 微妙な突っ込みが入る。

「いや、今にも死にそうなお兄さんに突っ込みされたくないわっ。つか俺が眼帯をしているのは事実だからいいじゃん」
「もう一つ突っ込むなら、眼帯君より“今にも死にそうなお兄さん”の方が大分酷いよ。悪意を感じるほどに」
「じゃあ、“今にも生き途絶えそうなお兄さん”」
「悪化しているわっ。つか眼帯君、君は何故此処にいるわけだ?」

 無駄な体力を消耗させないために横に倒れていた身体を、脚と手が使えない状態で器用に起こす。肩までの艶やかな紫がかった黒髪、黒い闇に溶け込んでしまいそうな服装は高級品だと一目でわかる。もっとも今やその服は所々破けているのだが。
 髪と同じ色の瞳が隣で自分同様囚われている人物を見る。

「んーあははっ」

 牢屋に閉じ込められている理由を聞かれ彼は笑う。

「何かおかしいことをきいたか?」
「いやいや、俺は単純にこの船長を殺して、船長の座を奪い取ろうとしたところ運悪く捕まってしまったわけです。めでたしめでたし」
「めでたくないから」

 冷静な突っ込みに、そこはめでたしにしようと心の中で彼は思った。

「俺の事を言ったんだから、今にも死にそうなお兄さんも教えてよね。俺の方が早く捕まっていたから何をして捕まったかわからないわけですし」
「あー俺はやっぱり此処の船長を殺そうとしていたわけですが」
「わけですが?」
「船酔いとうっかり三日間程食事をするのも寝るのも忘れてしまいまして、力尽きたわけっすよ」
「かはははっお兄さん最高! 馬鹿だろ」

 彼は予想外の内容に大笑いする。その笑い方は少し特殊で、もう一人の彼も嫌な気分にはならない。

「仕事に集中すると何も目に入らなくなる体質でね」
「何もじゃ、仕事も目に入らないじゃん、かはは」
「ああそうか。なら仕事以外何も目に入らなくてな」
「そうそー」

 眼帯君は愉快だな、人を不愉快にさせない笑い方や会話を心得ている――と思った時、まだ聞いていない事を思い出した。

「そういや、眼帯君はなんて名前なんだ?」
「此方こそ、今にも死にそうなお兄さんの名前を知らないよ」
「そういやそうか」
「かははっ、そうそ俺は眼帯君の愛称が気に入ったんでそのままでいいよ」

 それは遠回しに真名を教えるつもりも偽名を教えるつもりもないことだろうか、と思いながらもどうせ彼との付き合いもこの牢屋にいるだけの事。脱出したらもう出会うこともないだろう。

「そうか、なら俺は……」
「今にも死にそうなお兄さんのまんまでいいってか?」
「いや、それは流石……な気がする。一応名乗っておこう、俺はアークだ」
「へぇ、アークか。いい名前してんじゃん。って相手が名乗っていんのに俺が眼帯君ってのは何だか不公平だな」

 そこで不公平と思っても、と彼――アークは思ったがあえて口は挟まない。

「俺はラディカル。眼帯君でもラディーでもいいよ、基本的なあだ名はラディーなんだけど」

 眼帯をしている方の彼はラディカルと名乗った。
 お互いにお互い真名か偽名かは判断がつかない。しかしそれは二人にとってさしたる重要なことではない。


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