零の旋律 | ナノ

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「それにしても、随分と魔石の種類が沢山なんですね」

 高価な魔石が売れたことに気をよくした商人イクリアは、また売上を向上するためにアークの質問に意気揚々と答える。

「えぇ、沢山の魔石を皆様に使って頂きたいと思い、各地で揃えたものなのですよ。特にその紅い魔石は上物でしてね、上物故に中々皆様手を出しにくいようではありましたが」
「私も一瞬悩んだのですが、それでもこの素敵な輝きを放つ魔石の魅力に魅入られてしまいましてね」

 話をアークは適当に合わせる。

「魅力がわかる方がいて嬉しい! 魔石は日常生活から何からまでかかせないものですからね」
「今の生活は魔石によって発展している、だからこそ――魔石は人気の品ですしね」
「えぇ、えぇ、そうなんですよ」
「素晴らしい商人ですね、お名前を伺ってもいいですか?」
「私はイクリア・ローベデンと申します」
「私はアークです」

 魔石――それは魔力の籠った石。魔族は自らの体内に流れる魔力により魔法を扱える事が出来る。しかし体内に魔力を持たない人族は魔法を扱える事が出来ない。だが、魔石に籠った魔力を使えば人族にも魔法が扱えた。それを人々は魔導と呼び、魔導を中心に扱う者を魔導師と呼んだ。
 魔石は人々の生活にも密着していて、現在ではなくてはならない存在だ。

「それでは失礼しますね」

 これ以上長居しても無意味と判断し、アークは怱々に立ち去り、酒場の屋根の上に座る。隣にはヒースリアがいる。
 魔石を眺めながら、ターゲット本人であることを確認した後は、イクリアがこの場から立ち去るのを待つのみと暇そうにする。暇そうにするのもまた仕事中毒であるアークにとっては珍しいことだ。

「態々高級な魔石等買わなくても良かったのでは?」
「この色が綺麗だったからな」
「主は赤が好きでしたっけか」
「まぁな。けど俺は魔石に頼って戦うつもりはないし……いるか?」

 買ったばかりの魔石を投げてヒースリアに渡す。

「私ではなくて、留守番している二人にお土産として渡したらどうですか? 宝石みたいに綺麗ですし、喜ぶかと」
「あぁ、その手があったな、それ採用」
「その程度のことに知恵が回らない主を持って苦労します」
「お前はなぁ」

 アークは嘆息する。数時間後、魔石商人イクリアは外に出てきた。意気揚々としているところを見るとあの後も魔石が売れたのだろう。最もアークには関係のないことだが。

「やっときたか」

 欠伸をしながらアークは対象の後を、屋根を渡り歩いてつける。
 市街地から離れる時、アークは地面に着地し気がつかれないように尾行を続ける。最もたいして気を使いながら尾行しているわけではない。ヒースリアもその後に続く。執事と一緒に行動を共にしているから尾行がばれる、などの心配ごとをアークは抱いていない。
 その程度の執事なら最初からアークが行動を共にすることはないし現在まで生きているはずものなかった。何せヒースリアが来る前までの執事をうっかり殺してしまったと告白する程なのだから。

「(……何で今回の仕事……やる気が起きないんだ)」

 尾行を続けながら冷静に自己分析しようとするアークだったが、いくら考えてもカサネ・アザレアの依頼だから、ということ以外見つからない。

「(だが、カサネ・アザレア以上の悪人からの依頼だって今までは何度も引き受けてきた。むしろ報酬が見合っていれば、どんな聖人君子を殺してくれと頼まれたって引き受けてきたのに……なのに今さらカサネ・アザレアだからといって仕事に意欲がわかなくなることなんてあるのか?)」

 答えの見つからない自問自答を繰り返す。
 そうしているうちに自宅の方へ引き返しているのだろう、魔石商人イクリアの進む道が徐々に人気のない場所になっていく。しまいには森の中へ入って行った。


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