零の旋律 | ナノ

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 ヒースリアはカサネに背を向け歩き出し、手入れが行きとどいた庭を再び歩いて室内に戻る。

「ヒース、あのお客さん誰?」

 室内に戻った途端、メイドの一人に呼び止められる。

「随分若いみたいだったから気になっちゃった」

 普段、レインドフ家を訪ねるのは二十歳以上の依頼人が大半を占める。カサネはどう見ても見た目は二十歳を過ぎてすらない。若い依頼主がやってくることは珍しかった。
 だからこそ興味がわき、ヒースリアに問う。

「この間王都の方で出会った、第三王位継承者の側近ですよ」
「ほえぇ!? 何、そんなにお偉いさんだったの? というかいいわけ? こんなレインドフみたいな屋敷に来ちゃって」

 箒が地面にカランと音を立てて転がる。

「ま、いいんじゃないですか? あれは側近と言っても異色の側近ですし、邪魔ものは勝手に始末しているって噂ですよ」
「ほわー、だっからこんなレインドフ家にもきたんですね、レインドフ家に頼らなきゃいけないなんて哀れですーというか世も末ですねー」
「全くですよねぇ」
「おい、そこのサディスト二人組」

 ヒースリアとメイドの会話の途中で首を突っ込んだのは主であるアークだ。

「人様の会話の邪魔をするという無粋な行為が平気で出来る人でなしの主、何かご用ですか?」
「私たちの会話の種を奪って一時の休憩すら与えないつもりの鬼畜な主、何かご用ですか?」

 違う言葉を其々同時にいい、最後だけ言葉を揃えて見事にハモル二人にアークはため息一つ。

「俺の癖がため息になる気がする」
「癖とは人間だれしもが持っているものですが、主の癖がため息とは憐れみを覚えます」
「主のその癖をわたくしたち部下一同は治して差し上げたいと思います、まずはこの程度のことでため息などをつかなくてもいいように、今後さらに主への接し方を変更しようと思います」
「だーかーら! このサディスト組! というかヒースリア、依頼主の情報を勝手に漏らすな」

 アークが口を挟んだのは、依頼主の素性を普段は漏らさないヒースリアが話しているからだ。別にアークは執事やメイドを信頼していないわけではない。信頼しているからこそ、この屋敷にいて現在も生きている。しかし、だからといって依頼主の素性を後悔するのはレインドフの仕事に反していた。

「嬉々として漏らしています」
「なんでだよ!」
「カサネ・アザレアの情報など喜んで開示するべきでしょう」
「……」
「だからこそ私はカサネ・アザレアの情報を公開したまでです」

 にっこりとヒースリアは微笑む。それが善意の微笑みなら見る者を魅了する美しさを誇っているがアークからすれば悪意ただよう魔の化身にしか思えない。

「さりげなく名前もついでに公表しているし、この執事は」
「へー、カサネ・アザレアっていうんですか。可愛い名前でいいですねー」

 床に転がっている箒をメイドは拾う。

「名前は可愛くても性悪な少年ですから気をつけて下さいね」
「性悪少年かー見た目は可愛いのに残念」
「見た目通りの純粋無垢だったら周りも万々歳だったでしょうにねぇ」

 かといって、カサネの性格を知ってしまっているヒースリアからすれば、カサネが純粋無垢な少年だったら――と思うとそれはそれで気味が悪かった。

「さて、では折角の華の会話を邪魔されたので私はこの辺で失礼しまーす」

 メイドはそそくさとその場を退散した。本心で邪魔をされたからいなくなったわけではない。

「全く、折角の憩いの会話が台無しにされました。悲しみのあまり主を撲殺したくなります」
「その場合俺は全力で抵抗するぞ」
「冗談も通じない大層詰まらない男ですよね」
「お前のすらすらと言葉になる暴言の数々がどうやって生まれるのか俺は知りたいくらいだ」

 日常的な会話をひとしきりした後

「依頼は怱々に達成するのがレインドフ家だ、レフシアは二日もかかる場所だしない、いくぞヒースリア」

 ヒースリアを連れて現地へ赴く事を伝える。

「メイドたちはその場待機ですか?」
「まぁ六日くらい大丈夫だろう。片割れの方にも伝えておいたし」
「では怱々に参りましょうか、私の貴重な時間を割いて差し上げるだけ光栄と想い私を崇めるといいですよ」
「お前を一瞬でも崇めたら二度とこの地を歩けなさそうだ」
「寂寥な男ですこと」



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