零の旋律 | ナノ

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「……レフシアにいるんですよ。その魔石商人は」
「あぁ、成程ね」

 レフシア――それは王都のある場所から船で二日の移動を擁する大陸にある街の名。
 王政国家の領土内ではあり、なお且つ領土内の中で移動に時間がかかる場所。だからこそカサネはレフシアまで赴く事をしたくなかった。

「王都を離れたくないというわけか」
「此処までの距離もあまり芳しくはないのですが、それでも片道二日かかるよりはましですし、何より得体のしれない輩を雇うよりは一度であろうと、面識のある方がいいですからね。何せ貴方達は私が是からすることを知ってなおも関与しなかったのですから――あの時」

 カサネを止めていれば、オルクスト家に関与した人が殺されることもなかったかもしれない。
 それでもアークもヒースリアも止めようとすら思わなかった。だからこそカサネ・アザレアはレインドフ家に依頼を持ってきたのだ。

「まぁ依頼であれば受けるさ。勿論報酬は頂く」
「わかっていますよ。そちらの言い値で報酬を渡しましょう。いくらがお望みですか?」
「随分と太っ腹なんだな」
「金で動く輩は金で動かすのが一番、ということですよ」

 着々と進められる依頼。ヒースリアは主の為に用意した紅茶を片手に話を小耳にはさむ程度に聞く。

「ま、ならいいさ。レインドフは金で動く輩、だしな」
「えぇ、そういうことです」

 ヒースリアの紅茶に毒が入っているかもしれない、ことを微塵も疑わずカサネは悠々と紅茶に手をつける。
 アークも紅茶を飲もうと思ってテーブルに視線を映した時には既に紅茶はヒースリアの元へ渡っていた。

「……わかった。依頼を受けよう」
「ご了承有難うございます。では私は失礼しますね、長居しても無意味なので」
「此方としても、王族の側近と長居したいとは思わない」

 カサネが立ち上がり、応接室を出て行こうとする。アークはヒースリアに目配せをした瞬間心底嫌な顔をされたが、もう一度目配せをするとヒースリアは渋々承諾して、カサネを屋敷の外まで見送ることになった。

 庭に出た処でヒースリアが口を開く。

「貴方……いや、お前なら自分の手駒くらい所持しているものだと思っていたよ。案外信頼出来る奴をいないんだな」

 普段の丁寧な口調とはかけ離れた言葉で質問する。

「……他人を信じるつもりはないんで。俺が信じるのはエレテリカだけ、他を信頼するつもりはないからね、だからこそお前らを利用しようとしているわけだし」

 対するカサネの口調も代わる。

「無音こそ、なんでレインドフ家の執事なんかしているんだ?」
「その事を詮索したいと思う気持ちは別に止めるつもりはねぇが、それが命を落とす好奇心だぞ。二度目はない」
「まぁ無音に対して戦うつもりも殺し合うつもりも毛頭ないからいいけど、単なる個人的興味しか過ぎないわけだし。まぁエレテリカに害を成す存在になるのなら話は別だが」
「は、お前は本当にエレテリカ一筋なんだな、他人を信頼しないといっているくせに、エレテリカだけ信じている矛盾の方が俺としては気になるな」

 普段の会話を聞いている者が、二人の会話を耳にしたらその口調の違いに違和感を覚えただろう。しかしこの場にいるのはヒースリアとカサネだけ。

「エレテリカだけが俺に手をさし伸ばしてくれた、からに決まっているだろ。もっともエレテリカは覚えていないが」
「覚えていないがっていうのが覚えてほしかったじゃなく、覚えていなくていいって意味に俺にはとれたが?」
「正解だから何も否定しない、だが詮索はお前同様に無用だ」
「お互い様ってか、まぁ構わないが、その方がお互いの為、だしな」

 過去について言及しあう必要もない。どうせ、その程度の関係でしかない。深入りはしない、ただ自分たちに害をなす存在になるのなら始末するだけ。

「それでは、此処まで送ってもらえた事に感謝して怱々に立ち去って下さい」

 普段の口調へ戻し、刺の詰まった笑顔でヒースリアはカサネを見送る。

「そうしますよ」

 カサネは軽く流す。



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