零の旋律 | ナノ

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 アークとヒースリアは岐路に着く船の中にいた。海を渡ってレインドフ家に向かう。船酔いは三日三晩働いた後のあの時とは違う為、アークは船酔いをしない。
 船で半日かかる距離にレインドフ家はある。
 レインドフ家に帰宅し、アークは床に就く。仕事はあらかた今日で終わった依頼があるまで仕事は小休止。
 次の日の朝、アークが階段を下りている最中、執事の他に雇っているメイド二人と顔を合わせる。

「おっはよーございます」
「ます」
「ん、おはよう」

 階段掃除をしているのだろう箒を持った二人に挨拶を返す。
 二人は一瞬だけ主であるアークの方を見たがすぐに自分の仕事に戻る。


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 王室、王族の住まう部屋にしては聊か質素なイメージを与える部屋、最も王族にしては、な為普通の部屋より数倍は広く一つ一つの品が高級品だ。そこに二人はいた。

「王子、どうかされましたか?」

 考え事をしている風に見えたカサネは自分が心酔する王子――エレテリカに声をかける。カサネは王子が何を考えているかを知っている。先に返答する前に王子の質問が投げかけられるのを待っていた。

「あの後お前が何をしていたのかが気になって」
「王子が心配するようなことは何一つありませんよ」

 エレテリカにとっては何時も通りの笑顔をカサネは見せる。それは何も心配しなくていいという合図。
 エレテリカの手には朝刊が握られている。
 貴族オルクスト家が何者化によって壊滅させられていた、ということが一面記事として載っていた。当主ベルガ・オルクストの死体は鋭利な刃物で乱雑に真っ二つにされ、他は外傷こそないものの全て死んでいた。書類や本の類は一切消されていて何が起きたのか、軍は判断をつける事が出来ない。謎の貴族殺害事件は新聞に大々的に取り上げられている。しかしどの新聞を見ても明確な答えを持った情報はない。

「これ、カサネがやったんだよね?」

 カサネは笑顔のまま。持っていたティーカップに口をつける。

「えぇ、といってもベルガ・オルクストに関しては私ではありませんよ。私ではあのような殺し方は出来ませんからね」
「信じるよ」

 記事を読んだ時からベルガ・オルクストをカサネが殺したとは到底信じられなかった。カサネが普段暗殺に用いる手段は毒殺が基本。他の外傷のない死体はカサネがやったと見るべきだとエレテリカは思っていたが、ベルガ・オルクストだけは別人が殺したのではとしか考えられなかった。殺害方法が余りに普段のカサネとかけ離れていた。

「まぁ他のは私の仕業ですが」
「今此処の会話が盗聴されていたらカサネ捕まるよ」
「自白ですか? まさか私が盗聴されるようなヘマはしませんし、第一今程度の言葉が自白に繋がることはありませんよ。そんなことで私を捕まえることなど何人たりとも出来ません」

 にっこりと笑顔で告げるその姿だけを見れば無邪気な少年のようだった。しかしその無邪気さの裏に毒と刃を隠し持っている。

「カサネ……」
「王子が何も心配する必要はありませんよ。王子に仇を成す存在は私が全て片付けますから」

 自分一人の為にカサネは全てを犠牲に出来る存在だと王子は知っている。
 それでもエレテリカはカサネと離れる事が出来なかった。カサネに傍にいてほしいと願ってしまう――矛盾を何処かに抱きながら。

「さて、私は少々予定があるのでそろそろ失礼しますね王子」
「カサネ」
「何か御用はありますか? 王子の為なら私は何だってしますよ」
「ううん。何でもない、気をつけて」
「有難うございます」

 エレテリカにカサネを止めることは出来ない。カサネが進む道を眺めていることしかできない。
 カサネを拒絶することなんて出来ないのだから。


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