Z 「……じゃあ俺はさっさか退室するわ」 「なんだ、眼帯君は帰るのか?」 「はぎゃ!?」 突然後ろから声を掛けられて、ラディカルは飛びぬく。背後をとられる――しかも全く気配を感じさせずに、なんて戦い慣れているラディカルにとってはあってはならないこと。背後をとられることは死を意味することに容易に繋がる。 「何をそんなに驚いているんだ? 眼帯君」 「いや、普通いきなり後ろから声をかけられたら驚きますから」 変に丁寧な口調になる。 「そうか?」 「そうですよ」 先刻まで、海賊たちを虐殺していた、とは思えないほどに平然とアークはその場に立っている。気のせいでなければ、牢屋にいた時よりも生き生きとしていた。 首を縦にして、三回ほど振るラディカルに、執事は茶々を入れる。 「その程度で驚くなんて、度胸のない弱虫ですねぇ」 「真っ黒執事でサディストなお兄さん、貴方は本当に執事ですか?」 顔が引き攣る。 「執事でなければ、私がわざわざ主の為にこんな場所まで足を運ぶわけがないでしょう。面倒な」 「……生き生きとしたお兄さん。こいつを執事にしない方が良くね?」 「俺も偶にそう思うんだけどねぇ」 言葉を濁すのは、今までアークが執事を殺してしまったからかとラディカルは考える。そう考えると、この名前も知らない外見だけは美しい男は相当な実力があるのだと改めて認識する。 「殺そうと思っても、中々実行出来ないって貴重な存在なんだよね」 「生き生きと殺戮をしちゃったお兄さん、一ついいっすか?」 「何?」 「根本的に色々間違っています」 ラディカルはそう言ったのち、甲板の方へ歩き出し、立つ。一歩間違えれば海へ転落するような場所。 「眼帯君何を? 落ちてしまうよ」 「そのつもりだから」 「何を、このまま暫くすれば街へ着くんだから、そこまでご一緒すりゃいいじゃないか。海に身を投げて死ぬつもりか? それなら止めないけれど」 「いや、死ぬ気はないよ。相変わらず今にも死にそうだったお兄さんは面白いね。俺は元々この船の船長を殺して船長になるつもりだったんだよ。真っ当な人種じゃないんで、それに――」 一旦区切り、執事の方へ視線を映してから続ける。 「そこの危険信号バリバリな執事と一緒にいると俺の命が今日この場で着きそうなんで、では、さよーなら」 ラディカルは一瞬の躊躇もなく海へ身を投げた。 ――流石に街まで自力では泳げないし。 海へ沈んだラディカルは足をばたつかせて泳ぐことはしない。海へ住まう魔物へ呼びかけるだけ――アークに眼帯君と呼ばれる原因となった眼帯を外して。 海へ飛び降りた様子を眺めていた執事は冷笑する。 「最後の最後まで馬鹿でしたね、私らも真っ当な人種じゃないことぐらいわかるでしょうに」 その後、船を放置し小型の船で二人は街へ戻って行く。 「なぁ俺、流石に腹を減った」 「わかりました、それでは三日分の料理を最後の晩餐として出しますね」 「突っ込むところ一、三日分も食べられない、二、最後の晩餐ってなんだ! 俺はまだ死なねぇって」 「あぁすみません。補足が足りませんでしたね」 「態とだろう」 「最後の晩餐になるのは私が主の為だけに仕入れた猛毒を料理に混ぜるからです。さぁ確率は三分の一、当たると嬉しいですねぇ」 「このサディスト悪魔。給料ださねぇぞ」 「それは困りますよ」 会話内容を無視すればみなりの整った二人組が、談笑しているように――見えているはず。 [*前] | [次#] TOP |