零の旋律 | ナノ

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「柚霧ちゃん。その後は」

 柚霧に一人の男が声を掛ける。
 元々この道を使って逃げるようにと爆発があった後、榴華は伝えられるだけ伝えていたのだった。
 勿論他の白き断罪に勘付かれないように注意を払ったため、現在戦闘が繰り広げられている第一の街の中心部に赴くことは出来なかった。それゆえ指示を伝えられたのはほんの僅かな罪人だけではあったが。
 それでも、街がなければ人は生きていけず、人がいなければ街は存続できない。

「第二の街にいった後の手筈は雛罌粟さんがやって下さいますからご安心して先に進んでいて下さい」
「有難うよ」
「こちらこそ、ですよ店主」

 一人の男の手にはフライパンが握られている。
 厨房で料理をしている姿が似あいそうな格好をしていて、実際にその男は街でパン屋を営んでいた。
 篝火がよく利用するパン屋の店主。
 パン屋なのに罪人なのに武器がフライパンな男だ。
 彼が武器を手に今も常備しているのには明確な理由があった。
 それは戦闘を苦手とする柚霧を護衛するため。
 柚霧が第二の街まで同行するため、榴華がその時に何もないようにと、密かにパン屋の店主は命を受けていた。そしてそれをパン屋の店主は承諾した。それだけ。
 柚霧も護身用として、小型の非力な女性でも比較的扱うことがたやすいタイプの銃を所持してはいたが、柚霧自体の戦闘能力は他の罪人や白き断罪達と比べると低かった。
 最も榴華としては、パン屋の店主に命じたのは、もしもの時の保険の意味を兼ねていて、出来ることなら榴華自身柚霧を自分の手で安全な場所まで連れて行きたかった。


「……」

 柚霧は神経を集中させる。両目を瞑り周辺空間の感覚を遮断する。神経を目一点のみに集中させる。
 黒からそれは彩られる――。周辺一体は砂が覆う。
 それは一面が砂漠と化したような、木も草もなく、瓦礫もない、唯続く平坦な砂地。
 風が舞い、砂が風によって舞う。それは来るものを拒む毒の砂。
 長時間浴びて続けていれば命を奪われる白物。
 いつからその砂が存在するのかはわからない。
 柚霧の視界に移っていくのは、こことさして変わらないような風景を持つ街。けれど、全体の建物はレンガでできている。
 そして視界に映る街は建物が炎上することもない。
 柚霧は一通りの景色を見た後、集中させていた神経を拡散させ、目を開く。

「特に障害などはないようです、参りましょう」

 柚霧はパン屋の男に微笑む。

「相変わらずな力ですな“先見の力”は」
「……そんなことはないですよ。私はそれくらいしかお役に立てません。榴華には守られてばかりですよ」

 どうして、このような丁寧で礼儀正しい“善人”がこの街にいるのか、それは第一の街に住む榴華を除く罪人全員にとっての疑問であった。
 しかし、誰も問うことはしない。
 榴華が目を光らせて柚霧を守るからだ。


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