零の旋律 | ナノ

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「まぁ、それでも多少は元気になったようだから、いいんじゃないのか」

 篝火はそこでようやく口を挟む。

「……気づいていたのかよ」
「朔夜は短気だけど、こんな時まで気が短いとは思っていないからな」
「……けっ」
「それに頭はいいからな、空気読めるんだか読めないんだか」

 そう言って篝火は立ち上がり、キッチンへと向かう。

「今日の晩御飯は決まっているから、郁も食べていけ」
「パンだな」

 郁じゃなく朔夜が呟く。

「パンだろうな。あぁ、頂いていく」

 前半の呟きは朔夜に向けて、後半は篝火に向けて郁は言う。


 残った朔夜と郁は特に話すこともなく、時間が経過していく。
 そんな沈黙を先に破ったのは朔夜だった。

「あいつが、あんな表情をするなんて珍しいよな」

 あいつ、とは固有名詞を云わなくとも通じる。

「あぁ、珍しいな、それだけ何か関係があるんだろう」
「だとしたら……」
「だろうな」


 ――失うより別れを選んだ、唯それだけだった

「なんで今さら再会するのだろうな……」

 壁に寄りかかり、そのまま床に倒れ込むように斎はしゃがみこんだ。
 明るさを拒絶するように、部屋の電気を斎はつけなかった。薄暗い空間の中で斎は耳を塞ぐ。
 今だけは何も感じたくなかった。何も聞き取りたくなかった。

 暗く静かな空間は、心をさらに孤独へと侵食していく

 しかし、斎の孤独を癒したのは一人ではない空間――此処には朔夜が、篝火が、郁がいる。だから自暴自棄にならずにいられる。
 全くと斎は僅かに口元が緩む。帰宅していたら、それこそ自分は何をするかわかったものじゃなかったと。


 夕飯の時に斎は呼ばなかった。寝ているかもしれないし、寝ていないのかもしれない。どちらにしろ、今はそっとしておくべきだと判断したから。例え一人だとしても、一人ではない。一歩部屋から出れば篝火や朔夜、郁もいる。
 篝火はふと、此処が罪人の牢獄なのだろうかと思ってしまう程に。
 みんなと出会ったのは、国であり、普通の生活をしているのではないかと錯覚してしまう程に。

 此処は血で染められた空間ではなかった。
 例えどれだけ自らが血で染めて行こうとも
 今、ここにあるときは平和な空間に感じる。

 どうして、もっと早くに知り逢えなかったのだろうか、此処ではなくてあそこで――そう考えられずにはいられない。


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