U 「聞いてきたところで私は答えない」 「わかっているよ、だから俺は聞かない。だって……」 斎は曇天の空から、郁に視線を移す それは、今にも泣き出しそうなほどに悲しい顔をしていた 「郁も俺のことを聞かないから」 「な……」 何があったと、本当は聞きたかった、泣きそうな顔をして微笑む斎には、普段の黒さなどは微塵も感じられなかった。 優しくて、けれどそれ故に残酷なように 脆くて、けれどそれゆえに冷酷なように 悲愴なる決意を胸に秘めていたような斎の表情――それは、仮面の下に覆われた素顔なのだろうか 郁は静かに目を伏せる。 今度は過去の映像は再生されない。 再生されるのは斎のその表情 「触れられたくないと本当に思っていることに、私は首を突っ込みはしない。まぁ、兄貴は知らないけどな」 郁は何があったかを聞かなかった。 何も聞かないことにした。 まだ、今はその時ではない。 その時が来るのは定かではないけれど、それでも。 過去の傷を抉るようなまねを郁はしなかった。 「あははっ、泉ならやりそうだよね」 斎は笑う。 いつの間にか泣きそうなほど悲しい顔は消えさり、その後の表情はいつもと代わり映えがしないように見えた。 「兄貴だしな」 「だね、情報屋の領域を偶に出ているんじゃないかなって俺は思うよ」 「まぁ、多分気にしちゃいけないんじゃねぇか」 「そうだね。さぁ、再開しようか」 「あぁ」 ――ねぇ、聞こえるかい俺の大切な人 ――ねぇ、聞こえるかい俺が裏切ってしまった人 ――俺はここにいるよ 見つけてほしいと願いながら見つけないでと願う それは一つの矛盾 [*前] | [次#] TOP |