V +++ 「絡様も戻っていらっしゃったのですか」 カツカツと歩く音を立てながら、由蘭(ゆらん)は先にこの場に来ていた絡(らく)の元へ歩み寄る。 「あぁ、今さっきだけどな。どうしたんだよ」 由蘭の瞳が暗く沈んでいるのを見抜いた絡は遠慮なく聞く。 金の鋭い双眸に由蘭は僅かに後ずさりする。 「今は……お話しいたせませんわ。けれど時がくればわたくしは絡様に全てを話しますわ」 街で出会ったも者のことについて由蘭は今ここではふれない。 まだ話すべき時期ではないから。 烙と彼のことを由蘭は知っている。沢山知っている。だから今はまだ話さない。話せない。話す覚悟が決意が定まらない。 「……なら、いいけど。白圭(はくけい)は?」 「まだ、街にいらっしゃるのではないでしょうか?」 「そう、とりあえず俺はある程度強い罪人に宣戦布告してきた」 絡はそう言って笑う。由蘭はその絡の表情に一種の寒気を覚える。その笑いの意味を由蘭は痛いほど理解しているから。烙を取り囲む、覆い包む矛盾に――そして烙自身それに気づいていることに。 「わたくしは、宣戦布告はしておりませんわ、ただ罪人には出会いましたわ」 「……殺せなかったのか?」 「否定はいたしませんわ。この牢獄を多少なりと舐めていたことは反省いたします。けれど、そうそう何度も出会った罪人を生かしたりいたしません」 「あんまり意気込みすぎて空回りするなよ」 由蘭の頭に手を軽くおく、その声は絡のものではなかった。当然ながら、由蘭のものでもない。 由蘭はいきなり頭に手を置かれたことに驚いて、ビクンと軽く跳ねる。そして後ろを振り返ると、そこには―― 「白圭様!」 嬉しそうに由蘭は声を上げる。 ここは砂が舞う洞穴の中。赤い仄かな光が辺りを照らす。 それは1メートル間隔に置かれ松明の役割を果たしている。 洞穴といってもそれは嘗て建物だったものに術をつけて臨時のテントのようなものにしていた。 嘗て建物であり、現在廃墟となってしまったこの場所はこっそり隠れるのに好都合な場所であった。 しかし、難点も多々あり廃墟であるが故にあちらこちらが綻びていて、さらに崩落する可能性も高く危険なことと、瓦礫で辺りが危険で休憩をとれるような場所ではないこと。 そして最も難点なのは砂が舞うこの場所の砂は汚染されていて、長時間浴びていると体内に悪影響を及ぼし、場合によっては死んでしまう魔の砂であった。 それ故、この洞穴は由蘭の術を用いて廃墟を改造したもの。人には見えにくいような扉があり、外からの砂の侵入を防ぐ。 さらに、風が通らないように廃墟のまわりを包み込む。一見すると土で出来たようにも見えるが、その土すらもこの牢獄のものであれば、普通砂と同様に汚染されている。 しかし、由蘭はそれを結界術で防ぎ、正常な空間を作り出していた。 [*前] | [次#] TOP |