零の旋律 | ナノ

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 感情に、怒りに心が支配された時、白圭は白き断罪に戻れなかった。
 正当防衛と呼べる状況を意図的作り出し、白圭は犯罪者たちを殺していった。
 けれど、白圭の心は満たされることはない、空虚と恨みが増していくだけ。
 満たされる想いに全てが支配されそうになった時、白圭がやり場のない怒りで犯罪者を殺していた時、荒い呼吸を整えている時、血だまりの中で血まみれになった時、差し伸べられる手があった。

「生きている?」

 おぼろげに視界に映るそれは、何処かで見た事がある人物。
 記憶を手繰り寄せるまでもなく、それが誰だか見当がついた。

「軍師……水波様」

 天才軍師と呼ばれる軍人――水波(みずは)がそこにいた。水波は白圭と視線を合わせる為、しゃがむ。漆黒の長い髪は地面につき、真新しい血は水波の髪の毛を染める。軍服に和風を組み合わせた独特の着こなしをする一風変わった青年。
 白圭より年は若いが、その類まれなる頭脳から一気に軍師まで上り詰めた存在。
 その頭脳を駆使して生まれる作戦に隙はなく、作戦の成功率は他の誰よりも飛びぬけていた。そんな水波はいつしか天才軍師の異名で呼ばれることとなる。
 水波の武器は頭脳だけではない、一寸違わない正確な弓を扱う実力にも定評があった。

「様付けなんて、僕には似合わないし不要だからいらないよ。……大丈夫?」
「え、えぇ」

 本来なら会話を交わすことのない存在。
 その天才軍師が、死にかけている自分に何故声をかけたのか、疑問は募るばかり。

「酷いよねぇ……今まで仕えてきた国に裏切られるなんてね」

 天才軍師の瞳は暗く沈んでいた。暗恨を宿したような瞳。瞳の中には暗然のような闇を顰めていた。
 それは、白圭が普段水波から感じ取る強固な意思を持った瞳とは一線を画していた。

「あ、貴方も?」
「うん。僕も裏切られた。だからさ……君と同じ」

 普段の白圭ならば、何が同じだ! と激昂しただろう。けれど、心も疲れ果て、死にかけている白圭にとって、その言葉は恐ろしい程、すんなりと心に沁み込んだ。

「ねぇ……僕らで復讐しない?」

 心が壊れかけていた時、その言葉は甘い囁きであり、白圭を救った。
 例えどんな結果をもたらそうとも、例えどんな思惑があろうとも、その時は確かに白圭の心を救った。


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