零の旋律 | ナノ

[


「なぁ梓って何者なんだ?」

 螺旋階段をのぼりながら焔は問う。

「人により狂わされた存在」

 律は淡々と答える。

「……此処は一体何なんだ」

 螺旋階段は不思議な創りをしていた。半透明状であり、その所々には球体が浮かんでいる。まるで幻想世界への入り口のようだ。
 一度通ればそこは異世界であり、もう此処へは戻って来られない、そんな雰囲気を醸し出している。

「……此処は嘗て罪人の牢獄に人が住んでいた頃の名残だ。人がこの大地を捨て、上空に人が住まう新たな大地を創りだした時、人々が新しい大地に移住する為に利用された階段」
「待て、どういうことだ」
「元々、罪人の牢獄は罪人を閉じ込める為に造られたものではないってことさ」
「待て待て待て」

 焔は律の言葉に頭の整理が追いつかない。懸命に理解しようとしても疑問が次から次へと出てくる。

「つまり、此処は元々人が普通に住める空間だったということだ。今は新しく作られた大地によって、太陽も月も何もかもが覆われているけれどな」
「……それを、人が捨てた、ということか?」
「嘗てあった『出来ごと』が原因でな。お前なら、この大地が腐敗した理由、なんとなく推測はつくだろ?」
「……この罪人の牢獄には、毒がある。砂に含まれた特殊な成分が、人体を蝕みやがて死に至らせる。それが、自然に出来たものではないのなら……」
「そういうことだ。砂が存在する限り、人々はこの土地で生きていくことは叶わない。だから人々は新たな大地を創りだし、移住した。その結果、死の大地だけが残された。人々はそれを都合よく罪人を閉じ込め殺す場所とした。死刑にするために道具も何も必要ない。勝手に砂に蝕まれ死ぬのだから」
「……何もいえないな」

 この場所は本来罪人を殺す場所ではなかった。この罪人の牢獄が広い理由に納得する。
 罪人の牢獄全てを回ったわけではないが、牢獄であるのに異様な広さを焔は感じ取っていた。
 街から少し離れれば、見渡す限りの砂が続いている。それは地平線の遥か向こうまで続いてそうなほどに広大だ。視界では終わりを確認することが出来なかった。

「罪人が裁判を受け、死刑となる。その死刑を実行するのは罪人ではない誰かだ。その誰かが人を殺した罪悪感を軽減させるため、罪人に対してそのた諸々色々な要因が合わさった結果、当時の人々はこの大地を利用することにした」
「……じゃあ、何故街が出来た?」
「罪人を閉じ込めるだけでは不安だった、そしてこの大地に何が起きるか不確定だった当時の人々は、不安を解消するために贄を用意した。それが――銀色だ」

 知らされた事実の大きさに、眩暈がする。この牢獄は数多くの人の思惑が複雑に絡み合い存在した。
 今さら解く事が出来ないほどに、幾重にも絡み合い幾つのも事実と闇と歴史を飲みこんでいく。

「正確には二つの銀」
「なんでお前はそんなことを知っている? 俺は自分でいうのもあれだが、歴史が好きで色々な文献を漁っていたがそんな事実今まで……いや、違う。載っている事がおかしいのか」
「そうだ。人は自分たちに不都合な歴史は抹消したがるからな」

 事実がそうであったとしても、知られたくない過去、忘れたい過去を史実に記載しなかった。
 隠蔽され、抹消された事実それがこの罪人の牢獄なのだろう。

「だからこそ、人々は何も知らない」
「って待て! だーかーら、何度も言うようだが、お前は何故そんなことを知っているんだよ!」
「俺の名前は志澄律、それだけで察しとけ」

 それ以上の詮索は不要だ、と視線で制す。
 律の名字を知った焔は、足を止める。呆然としていた焔だったが、徐々に律の姿が見えなくなっていくのに気が付き、慌てて歩を進める。

「志澄(しずみ)……。お前はあの志澄一族の人間だったのか。成程な、だから死霊使い」

 ――隠されたページは徐々に暴かれていく


- 326 -


[*前] | [次#]

TOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -