零の旋律 | ナノ

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 斎は決心する。
 斎は由蘭から離れ、札を握る。強く強く、握り締めた札に皺が寄る。
 悲しみを覆い隠して、嘆きを抑え、無理に感情を抑え込む。涙は見せまないと唇を噛みしめる。強く噛みしめた唇からは血が流れる。

「有難うございます。わたくしは今でも大好きですわ――師匠」

 微笑む優しい笑顔を斎は忘れない。その光景を瞳に焼き付ける。
 斎は札を前に掲げ――急所を一撃で貫き殺す。余計な苦痛を一切与えないように。
 由蘭が地面に倒れこむ。それを斎は優しく抱き抱える

「ごめんね……助けてあげられなくて……由蘭」

 斎の頬を流れる雫は由蘭の顔にポタポタっと滴る。由蘭の顔は安らかだった。

「ごめんねごめんね……由蘭」

 助けようとしてやってきたのに、結局助けられなかった。
 死なせてしまった、自分が手をかけた。
 心を覆う深い傷。その時斎によみがえるのは笑顔の由蘭。

「俺は……由蘭の笑顔忘れないよ」
 ――君がいたから、狭かった己の世界が広がっていった

「……な、何をしている」

 ドサリ、何か重いものが地面に突き刺さる音がする。
 その気配に斎は後を振り返る。
 目元には堪え切れなかった涙を零したまま。

「は……白圭」

 そこに、その場にいたのは白き断罪第三部隊隊長白圭だった。
 残酷なる策が動く――

「遙峰! お前はっお前は!」
「……白圭」

 激昂する。仲間であったはずの、白き断罪の一員であり、由蘭の師匠であった斎が由蘭を手にかけた、その事実を認めたくなくて。けれど、斎が由蘭を手にかけたのは事実であって、認めざるを得ない状況に、白圭は激怒する。裏切られた気持ちだった。心の中では裏切った斎を何処かで信じていた。
 第一の街で襲撃を行った時、斎は罪人たちだけでなく、白き断罪も攻撃から守るために結界術を行使してくれた時から、斎が仲間を手にかけたのは何かままならない理由があったのだろうと。
 斎は昔から心優しかった事を思い出していた。
 しかし、目の前で起きた出来ごとは違う。斎は由蘭を殺した。仲間を殺した。
 斎にとっては仲間ではなく、仲間だった。そう白圭は考える事も出来た。
 けれど、心の何処かで斎を信じていた白圭にとって、そんなことを考える余裕は存在しなかった。


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